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2012-10

ヒノヒカリ 刈取り中

ミルキークイーンの刈取りが早すぎた経験が今度はヒノヒカリの刈取りを遅くさせてしまった。

なんともはや、経験がいったい何の役に立っているのか自分を呪いたくなる。

まぁ冗談半分だが今年のヒノヒカリの姿はいつもとだいぶ違う。

登熟期前までは他の田んぼより緑が濃い稲だったが10月10日を過ぎたころから徐々に色が黄金色に上がってきてはいたが、通常の刈取り時期であるはずの15日を迎えた頃から稲は赤みがかって見えた。

周りからはやっと刈りだしたのかと思われている始末。

赤く見えているのは止葉と呼ばれる稲穂の前についている葉がまさに紅葉しているかのように赤みがかっているせいだった。

穂軸はというと、このころはまだまだ緑が残っていて、刈り時期ではないというお示し。

「通常は、」とか「見た目」に騙されるなと言い聞かせ、周りがぞくぞくとヒノヒカリの刈取りを始めているころに自分は他の仕事を消化していた。

とはいってもまったく遅すぎるというわけではなく、範囲内である。

稲を刈って乾燥機に入れると、乾燥機についている水分計が現在のおおよその水分含有率を示してくれるが、これが刈り時期の早晩をおおよそ言い当ててくれる。

早ければ30%を超え、適期とよばれるころには27%前後、刈取り時期の最終時期になると25%を下回るくらい。

今日のヒノヒカリの刈取りは3日中2日目に当るが24%だった。

明日は乾燥に2日かけるため刈取りは無いので最終日の明後日には水分含有率は23%を切るかもしれない。

ん~焦っても仕方が無い。

しかし、実が熟れ過ぎておいしさが無くなるという”通説”もなんだかヘンな感じだ。

2012年10月27日

今というときは人生で一番経験の多い自分であるときだが、30年後からしてみれば今の自分はまだまだ若い。

めっぽうブログの更新頻度が落ちたが、今の自分が何を感じてすごして生きているのか記しておきたいとは思う。

最近、お米を買ってくれている人との距離が遠くなってきたように感じる。

お米を買うという間隔が農家にはないが、お米を買わなければ手元には無い一般の方がなにを感じているのか。

お米作りが誰のためにやっているのかわからなくなってきている、そんなことをどことなくうっすらと感じる。

そんなことを記しておきたいと思っていたのが一つ。

他には将来のこと。

将来への不安とはよく言うが、確かに不安もありつつこんなふうになりたいと思うものがいろいろとあって毎日がわくわくしている。

一つ一つ仕事をこなす日々でなかなか願望が近づかない感もあるのだが、ありがたいと思えることの毎日でもある。

はたまた人間関係。

今年、6畝(180坪)の田んぼを一枚、新規就農したいという女性に貸した。

先日、掛け干して脱穀したが全部で250kg以上の玄米がとれたようだ。

田んぼの耕起や代掻き、脱穀機を貸してあげたりしたのだが、今後はこのような小さい田んぼを農業者で無い人が作れる仕組みを作りたいとも思っている。

言ってみれば農業体験以上の体験であり、生産したものを自分で食べることができる。

問題は耕起や機械を貸すことのお金の問題もさることながら、貸した相手との人間関係。

農地を貸すということはお金の問題では済まされないところがいろいろとあるし、お金の問題は人間関係の問題といっても間違いではない。

今後、どのように付き合っていくかはどれだけ良好な人間関係を築けるか、というところにかかっているのではないかと思う。

そんなことを思う10月27日でした。

今日は思わぬ雨にヒノヒカリの刈取りが流れ、ゆっくり頭の整理をしようと思う。

生産と販売

百姓は自分で売ることが出来ないから儲からない。

簡単に言ってしまうが農作物を育てることはまったく簡単ではないし、育っている野菜は待ってはくれない。

そんな状況のなかで個人販売をすることは相当に難しい。

自分で売ることが出来ないとは売る能力がないということもさることながらその手間暇が無いのだ。

これはがんばって解決できるものではなく、育てているものへの時間を削る以外にない、と今になって気付いた。

面倒をみることに多すぎるということはないのだから。

もっと田んぼや畑に力を注ぎたいが、待ってくれているお客さんがいる。

買ってくれる人がいるから育てることができるが、育てることもままならなくなっては本末転倒だ。

ではどうするか。

今の自分で考えられる選択肢は二つ。

一つは自分で生産と販売を両立する規模で頑張る。

一つは生産か販売、どちらかに多くのウェイトを置き、もう片方は人に任せる(パートナーを見つける)。この場合のパートナーは嫁さんに限らず気の合う仲間といった感じ。

自分の農産物だけを販売していても視野が狭いし、独りよがりになるし、広がりがないし・・・

生産面からすればもっと作物を見る時間がさらにいいものを生み出す原動力であることに間違いないし。

No.21の百姓三昧だよりにも書いたがようやく自分で自転車をこいで回っていくようになったところである種の岐路にきているのだろう。

自分のしたいこと

お米の販売が始まり、いよいよ忙しい毎日をおくらせていただいている。有難い。

私は忙しくなると、ふと立ち止まって「自分がしたいことってなんだっけ」っと考えるが、考えてみても答えが出ない。

そこでやっぱり思うのが「農業が面白いし、やりたいことといえばやっぱり仕事かな」と。

でも、実際忙しくて走っているときは休憩のお茶の時間が好きでついつい長くなってしまう。

お茶の時間を楽しむために忙しく走っているかのようだ。

とはいっても畑には目がいけてないし、ブルーベリーの畑は草ぼうぼう。

連日の晴れで土は乾き、水を欲しがっているブルーベリーは葉を赤くしている。

前々から気になっているものの、実際はなかなか・・・

やりたいことといいながら完遂できていない。

おおよそ好きなことというのはそんなものなのかもしれない。

仕事としてきっちりやっていくと、極端な話し精神を病む。

好きなこととしてゆるく楽しんでいくと本物ができるまでは到底時間がかかるか、出来上がらないかもしれない。

結局はいつも選択なわけで、間違いがあるわけでもないし、正解もない。

あるのは自分が幸せと思えるかどうか、か。

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