農と農業


百姓と称して農業を始めた。しかし、農業と農とは違った。

ちょっとしたショックだった。しかし、それが今でも正解ではない、正解なんて存在しないと思えて仕方が無い。

img_36929月18日にアクロス福岡で行われた農文協シンポジウムで宇根豊氏の講演があったので参加してきた。

宇根さんは先日の阿蘇で行われた有機農業技術研究大会にも参加されていたのだがおめにかかれずじまいだった。

宇根さんの話は一言でいって面白い。子供目線のなぞなぞは大人でも知らないことだらけの自然の不思議がいろいろでてくる。それも、いつも仕事をしているときにも起こっていることなので、どれだけ自分たちが農の目線でなく、農業の目線で仕事をしているのだと気づかされる。

宇根さんはNPO法人「農と自然の研究所」の代表である。このNPO法人は設立して10年目となるらしいのだが、この法人が設立された目的を10年かかっても成し遂げられないときはもうどうしようもないだろうと話されていたそうだ。

その10年が来年の春に終わり、これから研究所がどうするのかを発表するという。

私は研究所の10年間がどのように経緯していったのかは知らないが、講演の最後に宇根さんがおもむろに発した「これからどうするのか来年の春に発表します。」という言葉には思い気持ちがこもっているように感じた。

宇根さんは何かを変えようと、何かを伝えようとされていた。その気持ちがどれだけ達成できたかは知らないが、すくなくとも自分のものの見方に大きな影響を与えた。

今までいろいろな影響を受けたが、どの影響もあてずっぽうに受けてきたわけではない。極自然と自分の気持ちに誘導され、影響を受けてきた。

だから、自分の受けた影響が他の人にも影響を及ぼすとは限らない。むしろ自分が望む影響以外の影響をを受けることはまれである。

結果的に自分のオリジナルはいろいろな影響の結果であるが、自分にしかできないことが必ずある。

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