自分は基本的にそういったものの見方をする。
小さいときはよく周りからどう見られるか、見られているかを気にして学校生活を送っていたように思う。
中学・高校とカッコつけてるつもりで周りの目を気にし、本当は何がしたいのか、どうしたいのかがわからずにいた。
根本的には変わっていないが、気にしなくなったというより気にし方が変わったように思う。
周りの目を気にするという性格のまた更に下層に根付くところにネガティブ思考はある。
小さいときはそのネガティブ思考からくる、周りからの見え方が気になるという性格をどのように自分なりに表現していいのかわからなかったのだと、今になると思う。
ネガティブ思考が単に悪いというわけではない、ということははじめから思っていた。
悲観的にものを見るのは見方であって、言ってしまえば真理ではないということはわかっていたつもり。
ポジティブにものをみるとエネルギーが湧いてくる。
でも、その結果周りが見えなくなりがち。
直線的にものをとらえてしまうと本質を見落としてしまう、などという見方をするネガティブ思考はいつまでたっても楽しむことができない。
結局はどちらがいいなどということはなく、ものの見方が違うというだけ。
人は自分と他人との違いを認識することで感情が動く。
他人との間にものの見方に違いが出たとき、それは怒ったり喜んだりするより、楽しむという感情が持てれば楽になるのかと。