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2010-04

青年部OB会

久し振りの飲み事だった。

農協の青年部に所属して1年になるがほとんど活動に出ていなかったが、そもそも光岡地区の青年部の活動は下火になっているという。

実際にあるとすれば11月の農業祭にポン菓子を作ることがあったりしたが、その他は特別覚えていない。

OB会だったのだが5分の4がOBや農協関係者、現在農業をしている青年メンバーは一握りだ。

本当に日本の農業はどうなるのだろうかと、つくづく思う。

まぁビールコップ1杯で睡魔に襲われていては先輩との話もできないわけなのだが。

畔草刈り

朝7時起床。しかしこの時期の朝日は5時30分過ぎには上がってくる。自分を律することは難しい。

久し振りに刈払機を使うので替え刃やらエンジンオイルやらを用意して結局刈りだしたのが8時30分過ぎ。

朝と昼のちょうど中間くらいの時間帯がすきだ。風に鮮度がある、というような表現かな。

今の時期の仕事が一番すがすがしくて気持ちがよい。年に3回か4回ほどする田圃の畔草刈りだが、真夏の場合は日の出とともにする草刈りもまた一興。

草刈りはそれほど頭を必要としないので疲れていないうちはいろいろと考えの整理に役立つ。

しかし、ずっと続けていると無心にならざる負えない。前半に整理することで見えていたアイデアもいつの間にか忘れてしまっている。

うちの田んぼは大きな溝のすぐ上の田んぼが3枚ならんでいるので320mを超す長さで横幅150cmの土手が続いている。

刈払機1往復で進む距離は10cm程度か。単純計算で3200回刈払機を振ったことになる。刈ってしまった後に残るのは爽快感と腰の疲労。

数十年前の区画整理の際に水田をもともと所有していた面積と同等の面積になるように配分するかが話し合いの結果決まった。

水田はその形や場所によって利便性が全く変わってくる。だからどの農家もいい田をほしがるもの。

ある農家はなかば強引に良い田を獲得したと人もいたという。

ここで良い田を獲得すれば後々の世代までその田を継承できるのであるなら一時の恨みも惜しまなかったという。

我が祖父は区画整理における配分の担当者であったらしいが、一番下の田で畦が長く続く田ばかりをもらったことを後悔するうような言葉を発していた。

苗床用土

img_46411一時ブログの更新をさぼっていた時の仕事。

田圃の土をもっこもちで持ってきて屋根の下で広げ、乾燥させていた。

普通こんなところに土を広げて乾燥したりしないだろう。本来ならもっと早い時期に持ってきておいて、山積みにしておいて長い時間をかけて乾燥させておくほうがよいのだろうが。

最近は日和がいいので乾燥が順調に進んできた。持ってきたときはレンゲが一緒についてきていたが、日が照るところはすでに草は萎れている。

このあと、粉砕してふるいにかける。そしてモミガラ燻炭と肥料を混ぜて出来上がり。

去年同様の床土だが、去年は播種のときの潅水が土が過乾燥のために撥水してしまい、水のしみこみが偏るというアクシデントがあった。

今年はサチュライドという天然の界面活性剤を水にとかすことで水のしみこみがよくなる、はずである。

サチュライドという資材は普段聞きなれないが、鉢ものなどで乾燥してしまいなかなか水を吸わない状態になったときなどに有効らしい。

物質にたいして水の浸透性がよくなるということ。

ブルーベリーの鉢でもピートモスが乾いてしまうとなかなか中心まで水がしみこまないので、そのようなときにいいだろう。

塩水選

img_4642種籾を播種するまでの一番最初の工程。

昨年のブログにも同じような写真を載せていますが写真の使いまわしではありませんのであしからず。

今日、祖父が白内障の手術のために博多の眼科に入院した。

その送迎を午前にしてきて、午後から作業を開始したのだが、ひとりで塩水選をしようと思っていたがなかなかひとりでは作業が思うように進まない。

そこでやはり祖母の手を借りることになったのだが、なにをしてもらうにもご老体にはきつい。

手伝ってくれている姿を見ていてこちらが申し訳なくなってくる。

しかし、やはり祖母もただ見ているだけにしておけないのだろう。なるべく簡単なことだけでも手伝ってもらおうと浮いてきた籾をすくってもらった。

写真の撮り手がいないのでいつも被写体が祖父母になる。

ニュースレターNo.8作成中

前回のブログから約1週間が過ぎていた。

結局ハードディスクを新しくしたパソコンも同じようにフリーズしてしまうようになり、まったく新しいものを購入することになった。

急遽、大手家電量販店のアウトレット店で一つ型落ちしたものを購入した。

今となってはパソコンがないと仕事にならない時が多々ある。その一つがニュースレターを書くこと。

現在No.8のニュースレターを作成中。早め早めと思いつつもいつの間にか月末が迫ってくる。

今回のニュースレターには私がお世話になっている農家さんを紹介するコーナーを新しく設けようと思っている。

というのも、お世話になっている農家さんへのお礼でもあり、これからは農家どうしが手を取り合っていかなければならないと思うため、

その先駆けとして自分の出しているこのニュースレターで紹介しようと思った。

このコーナーは以前から構想していたが、その農家さんの主力商品が収穫できる前のニュースレターに載せようと思っていても、後手後手になっていて時期が遅れてしまうということがままあった。

今の自分の仕事でさえ若干遅れていることもあるのにこういったことはやってみたいと思うと実行してしまう。

初回の農家さんは自分のブルーベリーを指導してくれているブルーベリー農家さんを紹介予定。

籾殻燻炭

img_4412去年のブログをみると4月3日に籾殻燻炭焼きをしている。

祖父の季節感というものは一生をかけて染み付いているためにおおよそ季節を間違うことはない。今年も籾殻を焼いたこの写真は4月6日の風景。

あったかくなってくると、籾殻を焼かな・・・と思うのだろう。だんだんと田んぼの準備がけわしくなってくる季節でもある。

祖母は季節がら変化する祖父の雰囲気を察すると自分までもなんだかけわしくなってくると言っていた。

農協から苗を作るための土を買うようになってからは作っていなかった籾殻燻炭も、時代を逆行するかのような自分の農業は祖父にとっても手馴れた仕事が多い。

特別頼んでもいないのだが何も言わずに手伝ってくれる祖父に感謝。

写真をみると柿の葉が芽吹いている。しかし、今の柿の葉もそれほど展葉していないところをみるとこの4月中旬はよほど寒かったのだろうと改めて思う。

去年はどんどん大きくなる柿の葉が暖かくなったことの知らせとなり、水稲の準備が迫ってくるけわしさに拍車をかけるようだったのを思い出した。

サミット

img_4476品種によっても若干時期がずれるが今頃はちょうどブルーベリーの花が満開の季節だ。

サミットの丸くて可愛らしい花が咲いた。この品種の花にはつぼみの時からあまり色がなく、開花した花は真っ白できれいだ。

他の品種にはつぼみの時は赤色を呈しているのに、開花するとその色が薄く抜けてくるものがあったりしてとても個性がある。

こういった花の可愛らしさもブルーベリーに見せられる魅力のひとつなのだろう。

さて、主の作物である稲作もここ数日でいろいろと作業があった。

しかし、PCがエラーを起こし動かなくなっていた。

ハードディスクを入れ替えただけで問題なく機能してくれるようになったので一安心。

5000円の出費で抑えられたのは不幸中の幸いか。

また後日、稲作のことについてはUPします。

サツマイモ苗の踏み込み温床

img_4228

3月上旬に踏み込み温床を作ってサツマイモの苗床としていた。

あれからちょうど1ヶ月かかってようやく芽が出てきていた。

踏み込み温床に使ったのは公園の草刈をしている近所の人に頼んで竹やぶの前に山積みにしていた草。

昔の人は牛糞や馬糞と一緒に混ぜて踏み込み温床を作っていたそうだ。こうして発酵熱を農業に旨く取り入れていた。

しかし今ではサツマイモの苗を作る温床はほとんどが電気温床だ。大学でも数少ない実習で電気温床の作り方を教わった。

しかし、この温床を作ったのが夜には人目のつかない竹やぶの前。毎日狸かイタチが植えてある芋を掘り起こしてくれる。

温床で芽を出すところまできたのでブルーベリー畑の横に腐葉土を持ってきて苗床を移そうと思う。

話は変わって近くの牧場の前に咲いていたシャクナゲの花がきれいだったのでUPします。

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ぼかしふり

img_42271月に本仕込みに入ったぼかし肥料。正直にいって100%のできばえとはいえない結果となってしまった。

失敗の原因は加水した時点では手で触った感触からは水分含量はちょうどよいと思っていたのだが、くず米が多く水分を吸収して乾燥してしまっていた。

完全にアミノ酸にまで分解されている様子ではない、未完全発酵という状態。

来年からはくず米はあらましでも粉砕してから投入したほうがよさそうだ。

肥料屋のぼかし肥料はライ麦やらとうもろこしやらがそのままの形でぼかされているので粉砕する必要はないだろうと思っていたが、餅は餅屋ということか。なにかが違うのだろう。

未完全のぼかしだが、まだ田植えまでには2ヶ月以上あり、今のうちに田んぼにまいておけば十分2次発酵するだろうし、今から成長する蓮華のいい肥料になる。

ちょうど1年前のこの時期に同じくぼかしふりをしている。2年目の今年は段取りが簡単だ。

気付きとは思いもよらぬところからやってくる

数週間前にTさんから借りていた本『農と都市近郊の田園暮らし』

先日の電話があるまでちょろっと目を通しただけでほとんど読んでいなかった。

読む時間がなかったというのはまんざらでもない。さらにいうと、目を通した限りでは自分とはまた違う立場の人が読むべき本だと思っていた。

今夜はなんだか久しぶりにテレビゲームがしたくなり少しのつもりではじめたゲームが3時間におよんでいた。

やめようやめようと思いつつしまいにはしょうもないという感情とともに電源を切った。

やることがいっぱいある中で時間を浪費したと自分を責める気持ちがあった。

そして、寝る前にこれまた少しのつもりで読み出したこの本。

すると、まさにやっとではあるが今知るべき事がそこにはあった。

それは自分の夢と現在のスタンスには到底無理があるということ。自分は自給農の延長線上に今までどおりの社会的・文化的生活を乗せようとしていた。

自給農の延長線上とは、自給自足の生活に余剰分の農産物を売ることで会社員並の給料を実現しようとしていた、とでもいいましょうか。

今年一年の栽培する品目をグラフに書き出してみたものの、一人で回る訳がない。

そこで、一人でもできる作物を年間数品目にしぼり、安定的に販売ができるように作付けを考えなければならない。

2年たちやっとわかったような気がする。

筆者も自給農の延長から農業に入ったそうだ。しかし、1年間をとおして野菜を栽培し続けることはとても困難である。

3年目にして体をこわし、「自分は何のために農をしているのだろう」という気づきがあったそうだ。

許斐山

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桜が満開になった火曜日、もっと地元に詳しくなりたいと常々思っていた。

その一つとしてやりたかったことにいつも見ていた近くの山に登ること。あそこに登れば眺めがいいだろうなぁっと前日にもトラクターに乗りながら思っていた。

たぶん地元の人なら誰しも登ったことがあるのではないだろうか。祖母に聞いてみると、許斐山は頂上も木が多くて見渡せないといっていたが現在は目前の木々が伐採されたのだろう、ごらんのとおり四つ塚が綺麗に見渡せた。

思いのほか玄海、地の島まで見えた。

山に登るとよく思うことがある。人はものすごい生き物だと。

眼下に広がる大地を100年、1000年、1万年前の様子を思い浮かべる。

その光景の変化たるや何たるスピードかと思う。

「マトリックス」ではエージェントスミスが言っていた。人間はウイルスだと。

一度繁殖しだすと資源を使い尽くすまで増殖する。まさに私には団地がコロニーに見えてしまう。

「個体が作り上げたものもまた、その個体同様に遺伝子の表現型である」

しかし、如何せん私もそのウイルスの一端だった。

ただ、今このようなことを思ってしまう自分は何をするためにここにいるのか。何をすべきなのか。

ただ見届けるだけしかできないのか。

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