5月のニュースレターを作成中なのだが友達の結婚式などが入り作成が遅れている。
ニュースレターの内容も、ただ自分が言いたい ことだけを言っていてはだめだ。
お客さんが聞きたいことをニュースレターに書き込まなければ自己満足に終わってしまう。
しか し、最近はお客さんがなにを感じているのか、どんなことを望んでいるのかがわからなくなってきた。
特に今悩んでいることがお米の値段に関し てである。
今度から福津市まで配達圏を拡大し、お客さんの獲得にせいを出している。しかし、それでもすべてのお米を販売しきれないだろう。
そ れに、新米でもなくなり、さらには夢つくしからヒノヒカリになった。
ではもうそろそろ値段を下げていい時ではないのか、という意見がある。 それは自分でもよくよく考えることだ。
いつも買っていただいているお客さんへの感謝の気持ちとしてもなるべくなら少しでも値段を下げて食べ てもらえたらと思う。
しかし、自分の気持ちの中に湧いて出てくるなにかがある。
それは今までそのように市場の原理主義の流れ の中でもみくちゃにされてきた農家の実態を見聞きし、できるだけその原理主義には左右されないようになりたい、ならなければいけないという意識があるので はないかと思う。
農業は違う。
それはある種の甘えでもあるのかもしれない。政策でも農家の個別所得補償制度でなぜ農家だけが 特別扱いをされないといけないのかという意見もあるだろう。
しかし、実際にその現場で働いてみて感じるのが、農業は市場原理主義だけでは機 能しない部分があるということ。
そもそも農業は生活の一部として存在してきた。
すこし話がずれたように感じられるかもしれな いが、つまりは米の値段を下げたくないのはこの原理は当てはまらないからだ、ということを言いたい。
そしてもとに戻ると、やはり自分の言いたいことを言っているにすぎないのか、と。
お客さんの立場に立つとどう思うだろうか。それは自分でも思うのは「少しでも安いほうがありがたい」。それはそうだ。
しかし、下げない(個人的には下げられないと思っている)理由がある。その理由をどうすると分かってもらえるのだろうか。