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2009-03

トマト種子 浸漬

img_2494遅ればせながらトマトの種を撒く準備にいたった。本当は2月中には播種しておきたかったところ。

写真はこれまた下手な写真で申し訳ないが、大玉トマトの種子。水に1昼夜浸漬することで、種が休眠から起してやる。この後、この種を湿らせた布にくるみ、ビニールに入れて、お腹に当ておく。お腹の体温が種子の発芽にちょうど良い温度なのだ。

この種子の発芽方法は昔の人の知恵なのだが、これが至極滑稽だ。まさに腹で卵を温めているかのよう。しかし、無事に種子が発芽したときは、子供と同様に嬉しいものだ。

ちなみに、このトマトの種子は祖母にからってもらっているのだが、先日祖母はかぼちゃの種がちゃんと発芽するかどうか、ためしにお腹にからっていたらしいのだが、3日たっても芽がでてこないので、種をわってみると腐っていたという。

トマトの種子は腐らないように気を送っておいた。

分づき米

img_2500左が白米、中が7分づき、右が5分づき。

この写真ではなかなか解かりにくいとは思うが、白米と7分の違いといえば胚芽の部分がほぼ残っていて、表面はうっすら黄色がかっている。

7分と5分の差は米の表面に糠が残っているのが分る。そのため黄色も濃い。

よくお米の注文時に聞かれることに「胚芽米ですか?」という質問がある。厳密に言えば、7分づき、5分づきは胚芽米ではありません。しかし、歩どまりを見てみると、白米が91%、7分が94%、5分が96%に対して、胚芽米は93~94%とのこと。ということは、歩どまりだけをみれば、7分づきとあまりかわりがないということになる。

胚芽米(胚芽精米)とは、特殊な精米方法により精米されていて、胚芽の部分だけを残し、米表面のヌカの層をキレイに取り除いたお米をいう。

分づき米は、精米する過程の圧力を弱くし、糠の層と胚芽の部分が残る様に精米したもの。そのため、7分づきに残る胚芽の部分も表面は削れており、おおよそ発芽はしないだろう。胚芽米は、胚芽の部分が削られることなく残っているので、給水した場合には発芽するのである。

※農業福島園で承っている7分づき、5分づきはあくまで目分量で圧力調節しています。そのため、精米の度に若干歩留まりが異なることがあります。

胚芽米の特殊な精米方法とは・・・後日アップします。

中ネギ

img_2476

数日前に買うまいと思っていた本「農業で1000万円稼ぐ法」という本をつい買ってしまった。なぜ、買うまいと思っていたかというと、自分が目指したい農業の方法がここで紹介されている方法とは異なるだろうことが予想できていたからだ。

しかし、買ってしまった。それは、お米の販売を始めて早4ヶ月、生業として農業を考える自分があるからだ。

案の定、紹介されていた“法”は、単価が高く、収量があり、栽培面積を用意に増やせて、栽培期間が短い、などの条件を満たすものを作付けしましょう、というもので、一番の例は長ネギであった。工業製品に似た感覚で計画を立てることになる。

しかし、これらのことにも学ぶことはあり、省力化などは専門に栽培している人に聞くことが一番である。少量栽培でも生かせるところは多々あるものだ。

写真は、昨年秋に播種、移植した中ネギだ。春の野菜が少ないこの季節になんとか切らさずに出せる一つになってくれた。ネギは相場が高い。なぜだろうか。確かに収穫から調整まですこし他の野菜より手間をとり、潰れないよう輸送に気を使わなくてはならない。

野菜の調整には以外と時間を要する。野菜を収穫してから出荷するまでの手間をどれだけ簡略化できるかはどこの農園でも試行錯誤をしている。

このネギの場合は、

①まず根に着いた土を洗い落とし②数本がくっついた株をはがし③折れた葉や枯れてきている葉、株元に残る表皮をキレイに取り除き④根を切り⑤計量して袋詰め

といった具合だ。

少しずつ収穫していたダイコンは早くも抽苔してしまった。抽苔する前に茎葉部を切り落としてしまっていれば、スが入らずに1ヶ月ほど収穫期間を伸ばすことができるのであったのだが。

消防団

今日、畑で仕事をしていると消防団の方たちがぞろぞろとやってきた。目的はもちろん入団の勧誘だった。

中学のころから農家になるなら消防団に入らなね、といわれてきていたのでそれがどんなものなのかは解からずとも、必要なことだとなんとなく理解していたわけで、運命のように覚悟していた。

消防団も時代の流れか、なかなかやりたがらない人が多く人数が集まらないだろう。高齢化も追い討ちだ。そんななか、光岡で農業を専業としてする自分は珍しい。

日本の農業は日本の文化そのものである。消防団もまた、農村文化の一つではないだろうか。これらの文化はいうまでもなく崩れてきているのが現状。高齢化、農業者の減少、さらに企業の農業への参入。さらに日本の農業の現状は変わっていくだろう。

では、いままで機能してきた地域性の上で成り立ってきた農業を守る必要はあるのだろうか。自分ははっきりいって何が良いかはわからない。これからもっと変わっていくであろう農業の現場をいろいろな視点で見ていきたい。

あくまで偏らない立場。難しいとは思うが、自分なりに基準とするのは、農という時間の流れがそこにあるかどうかだ。

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