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入れ関

img_4304夕方5時。長尾班(光岡区の下の集落名・家屋の並びが尾っぽのように長く続いていることからだと思われる)で管理する関を止め、田に水が回るようにした。

田植えの時期になるとどこの河川も関がされ、水が淀む。

今でこそ河川はコンクリートで補強されているため、板をはめ込むだけで水が溜められる。

しかし、昔の河川で田に水を入れるために関をする場合は、山から木を切りだしてきて大がかりに関をしなければならなかったようだ。

光岡区は区で所有する山がある。毎年その山の決算報告などもされているが、自分はあのへんということは知っているだけだ。

なぜ光岡が山を所有しているのか、今日の出方の後に公民館で一杯飲みがあった時にちょっと聞かされた。

昔は関をしたりするにも木材が必要になる。多分、農道を整備したり河川を整備したりするにも木材は必要だったはずだ。

そのための材を確保するために山を所有しているのだそうだ。

たしかに、一戸の農家でも家があり、田があり、畑があり、そして山がある。

区という集落でも共同で使用するものに関しては集落で取りそろえるということなのだろう。

諸先輩方は昔はその山の杉林のくろぎりが大変だったーっと、草刈り機もないころ、大きな鎌を振って刈り払っていたと教えてくれた。

今では杉も大きくなりほとんど手入れがされていないらしい。

農業という生活が形成するこの地域社会、それもすでに過去のように私の眼には映る。

これからの農業はどうなるのか。どうしなければならないのか。

大学から帰ってきたときはまさかこんなことを考えようとは夢にも思わなかったのだが。

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