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2008-01

feeling

風呂に入りながらとてつもない感覚を覚えた。

「なんという奇跡か!」

俺は今プロパンガスで暖められた水の中に入り体を温めている。化学的なイメージでいうと水のエネルギーが体に入る以外の熱はロスであり、プロパンガスが燃えるにもロスがあり、プロパンガスをアパートまでもってくるにもエネルギーが使われている。としたら俺の体は今どれだけのエネルギーを使って温まっているのか。

こんな世界。奇跡に近い、いや奇跡だ。

よく人にはそれぞれの器があるという。その器を大きくするべきなのか、深くするべきなのか、ただ器というものはあるだけでどうしようもないのか。。。ただ一般的には大きくすること=成長という観念が定着しているようだ。たしかに歳を重ねるにしたがって人は成長するものだ。しかしだからといって器をおおきくすることを個人に望んではいけないのではなかろうか。

人は成長するときはするし、しないときは成長するための準備をしているようなもので成長することを短期間に強要しては個人のアイデンティティーの限界を超え、自分を見失ってしまう。

だからといってただ見ていればいいとも言えない。信頼するしかないのか・・・。

自分自身の器とはどういう付き合いをするのが良いか・・・。器に合わせて生きるか、器を広げようと生きるか。

今日は自然とその器を広げてみたが糸が切れた凧になってしまった感がある。

風呂はいって寝よう。。。

やりたくないものをやる

やりたくないものをやれという社会。あたりまえ。常識。

やってあたりまえ、してあたりまえ。

そういえるのは自分にだけ。

sustainability

持続可能性。ちょっとおかしな感じだが今の農業(農政)の主課題である。

分かりやすくいうと持ちこたえる力。現代の農業生産方法ではこれにかけるのである。

有機農業が安全・安心であるという一面が強調されがちだが本当の有機農業の強みとはその持続性にある。

 

農地・水・環境保全向上対策という政策が実施されているがまさに農水省が考える現在の農業の方針である「持続性」。

に対して大きな違和感を覚える弁当屋さんの在庫弁当の大量処分。ほとんどの食材が輸入されており、多量の防腐剤、殺菌剤を駆使して作られた腐らないお弁当がゴミ袋に大量に捨てられるところを見た。

 

この二つの出来事に対し、自分は何であるのか、明確にしたいがしかし、今の時点では何もいえない。現にその弁当屋のおかげで夜食にありつけているのだから。豊かさにかまける、考え物だ。

トイレ掃除と臨時収入

トイレ掃除をすると臨時収入がある。

これ、本当。

実に驚き。

体感してしまった。

認めざるおえない現実がおきた。

数日前に本でトイレ掃除をすると臨時収入が入ると書いてあった。8割方信じてはいなかった。だが素直に実践してみた。学校の大の便器にこべり着いた×××。やってみないと否定もできない。無心で拭いた。しまいには便器には汚れ一つついていない状態になった。掃除をした便器は自分の部屋と学校の大便器2つ。

そして今日、今まで売れなかった古いパソコンを農家のおっちゃんが修理した部品代分で買ってくれた。本とうはタダで知り合いにあげるつもりだったパソコン。いらないようになって俺のへやでどうしようもなくおいてあったものが売れた。まさに臨時収入。

明日もトイレを掃除しよう。

否定などできない

人の意見を否定などできない。

人それぞれに思うことがあり、その核は人それぞれである。

それが個々のアイデンティティーを認めるということで、だれも他人を否定などできないのではないだろうか。

違う、とそのこと自体が違う。

「それは違う」とよく言う言葉だが安易には使いたくないと思った。

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