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悩み Archive

相手の立場が分からない

今日もTTPのお話です。

まずもって初めに名言しておくが私は反対でも賛成でもない。

JAむなかた主催の地域フォーラムと題して教授がTPP参加反対の理由を述べられた。

アメリカの戦略により日本はすでに食料の面でも十分に操作されている状況にあることが分かった。

畜産の飼料のほとんどが外国産であることは知っていたし、それがアメリカの戦略であることは知っていた。それがもう少し踏み込んで勉強になった。

私の思うところはなぜこうも反対論者と賛成論者(もしくは反対論者を揶揄する批評家)は水と油なのだろうか。

悲しい。

今日の講演で外国はどれだけ食糧が大事なカードだと認識しているかを知れたし、日本がどれだ食料を存外に思っているかを知った。

しかし、反対論者を幼稚であるとする声はよくよく耳にする。

私は生産者だ。

すくなからず生産者の立場としてその現場を分かっているつもりでいる。

だからこそ反対といいたくなることもおおよそ分かる。

そして私は経営者である。少なからずその意識は持っている。

だからこそ単純に反対を唱えるつもりはない。

しかし反対論者の意見が幼稚だといわれるのはなぜだ!

こうも日本という一つの国の中で真っ二つに意見が割れるのか。

相手が相手をまったくもって理解できないようなこの状況はどこに原因があるのか。

お互いが自分の主張を裏付ける試算をし、お互いが相手の試算を非難する。

私が正しいのだ、と。

こうすればこうなるなど先の読めない現代において確信することは難しい。

お互いの意見をもう少し聞きましょうなどこの後に及んでという気もする。

結局はお互いの立場が違うために見ているものが違う。

意見がすれ違うのは当然といえば当然か。

結局結論が出せない私はただの生産者である。

稲刈り間近・・・

img_6207

夢つくしはヒノヒカリに比べ、2週間ほど刈り取り時期が早い。そのため、夢つくしを植えた上の田んぼがヒノヒカリだとまだ水が張ってあり、水が染み落ちてくる。

染みてくる場合はまだ良い方で、気がついてみると水を入れていないはずなのに水の出口にジョロジョロと水が落ちてきている事がある。

そんな時は上の田んぼとの堺の畔をモグラが横切り、水抜きの穴を作ってくれていることが多々ある。

そんなこんなで夢つくしの田んぼがなかなか乾かず、この時期に泥まみれになりながら田んぼに溝を掘っていた。

苦労のおかげかここ数日の日照りのおかげもあり、溜まっていたところも土にヒビが入るほど乾燥してきた。

そんな中、水の見回りに夢つくしの田んぼに真ん中まで入り込んで、ふと気がついた。

img_6198いつの間にか、当たり一面に稲穂が垂れていた。米粒が無数に、風に揺れている。

そう、いつの間にか。

ついこの間までここには何もなかった。それが水が入り、小さな苗が植わり、いつの間にか大きくなっていた。

言葉が思い当たらない。

3回目の秋。自分の思いを込めたのは2回目。この1年間にかけた気持ちはやはり相当大きなものだったのだろう。

高校生が部活に打ち込み、集大成の大会で涙するような感動がテレビで流れていた。

自分にはそんな高校時代を過ごすことはできなかったが、今その気持ちがとてもよくわかる。

決して他の田んぼより収量は多いとは言えないが、飄々と稲穂を揺らす夢つくしの田んぼの真ん中にたたずみ、涙した。

自分は生かされている。

今日は日曜日

まったくそんなつもりはないのだがこころのどこかで「休み」の二文字がくすぶっているのだろうか、がっつり寝坊した。

最近では日が高くなってくると暑くて寝ていられない状態になる。ちょうど小学生の夏休みのように汗をかいて起きてくる。

いつも人は何のために生きているのかを考える。

寝坊して、さらには昼の暑さに仕事に取り掛かれない今日のような日は特に。

img_5401稲はこの太陽の日差しをめいっぱい受けて元気に育っている。

うちの稲は今、他の田んぼに比べて緑がとても濃い。今は慣行農法でいうなれば追肥の時期。化学肥料を追肥する場合は今の時期に葉色が淡くなってきていないといけない。

元肥に入れたのが化学肥料の場合は持続性がないため、今の時期にちょうど効き目がなくなってきて色が薄くなる。

しかし、うちの田んぼはレンゲとぼかし肥料のせいだろうか他の稲の色が薄くなるころに濃くなってきた。

稲はなぜ生きているのかなんて思っていないようだ。

~追伸~

最近お米を買ってくれるようになったお客さんがいる。ちょうど我が家の丘の上にある団地の家。

そのお宅からはブルーベリー畑と水田が一望できる。

今までは新潟、魚沼産のコシヒカリを5kg3800円で取り寄せていたそうだ。

ところがだ、うちのお米がおいしくて仕方なく、買ってくれだして3週間あまりで1kg以上太ってしまったとにこやかに話してくれた。

灯台もと暗しでこれほどおいしいお米がとれていたなんてびっくりしたと。感謝。

当園のフードマイレージ、最短距離は300mほどか。

福岡県産マンゴー

img_5175久留米市田主丸町は日本一の植木の産地。その田主丸町でマンゴーを栽培されている方がいる。

たしか去年にこの農家さんを知ってから今日で4回目の訪問になる。

いつかのブログにはマンゴーは儲かるという話があるが、今は興味はないと言っている自分。

しかし、その収益性たるやいままで儲かると聞いた作物のなかでも群を抜く。

正直、最近は自分の農業経営をのことを考えると農業で生計を立たせることのむずかしさを感じなくもない。

それと比較すると収益の上がる作物を少量ながらにも栽培していると経営的にも余裕が生まれるのではないかと、考えるようになった。

簡単に考えるようだが、これはマンゴーを栽培する技術を教えてくれるというこの農家さんがいてからこその話である。

しかし、自分は農薬を絶対に手にしないと誓って大学を出た。

ところがマンゴーを栽培するとなると、全く未知の世界であり、先生となる農家さんがスリップスがでたら即農薬散布で被害を最小限に抑えると教えてくれる。

農薬なしでマンゴーを栽培しきれるかといわれると不可能に近いと思う。

結局のところ、なぜこのようなことを考えるかというと、3年目でまだまだ経営が軌道に乗らないことへの不安感からだと思う。

庭の改造

一人で仕事をしていると何かと不便なのがシートをたたんだり、重たいものを持ち上げたり、ホースの蛇口を閉めに行くのでさえ3倍の時間がかかってしまうこと。

今日も「あぁもう一人だれかいてくれたらなぁ」と思いながら庭石を必死に持ち上げていた。

そんな自分の一人農業だがとてもつよい見方がいる。

それはバックホーだ。去年、ブルーベリーのバークチップを運ぶのにどうしても必要だったので購入した。

まだまだ手のようにうまくは扱えないものの、80kgか100kgかわからないが重くてつかみどころのない石も簡単に動かしてくれる。

庭を改造したといっても倉庫への通路を1mほど拡張するため庭のスペースを削り取った。

大きい庭石が6つと、生垣になっていた木が2本、その奥に植えてあったボタンの木が2本。

生垣の木は切ってしまったが、ボタンは庭木のあいた所に植えなおした。

バックホーで土をえぐっていると横から祖母が顔を覗き込ませ「ここらへんにシャクヤクをうえとったんやけどねぇ~」

っと、後になって思い出したのだろう、すでに跡形はなかった。

ボタンの木は地上部が残るが、シャクヤクは地下茎だけ残り、地上部は枯れてしまうため新芽が出てこなければどこに生えていたのかわからなくなる。

祖父母が長年親しんできた庭を自分がいろいろと改造してしまう。

シャクヤクが消えてしまい寂しそうな面影で立ち去る祖母に申し訳けない気持ちがつのる。

植え替えたボタンも地上部からは想像もできないほど根が張っていた。根の大部分を切り取ってしまったため、ちゃんと植え替えがうまくいくか心配だ。

自分なりに仕事がしやすいようにいろいろと手を加えるのだが、仕事が生活である農家では自分の仕事が祖父の生活を奪っているようで、なんだかこれでいいのか不安になる。

春の兆し

0-062数日間暖かい日が続いたためブルーベリーの花芽がすでに動き出した。

そんな陽気の中、ようやく苗の鉢上げが終わった。去年の苗床は小スペースで済んでいたが、今年からは何倍にも大きく育つため、日の光が十分にあたるようにはじめから大きくスペースを取った。

今まで稲の苗床だった裏庭はブルーベリー苗が占領してしまった。

何をするにしても一人では仕事の進み具合がまるで亀。数日前に春のような空気を味わったときはまだまだやるべきことがいっぱいあるのに、すでに春が迫ってくるようで、焦らないと自分に言い聞かすも気がはやる。

宗像市民フォーラムさんに取り上げられました!

宗像市民フォーラムさんのアドレス↓

http://www5.pf-x.net/~munakata44/index.htm

ここの「宗像市民フォーラムNEWS」最新号2~3面に宗像有機農業研究会の一員として載っています。↓PDFファイルです。

http://www5.pf-x.net/~munakata44/image/news-09/09-12.15-6-02.pdf

先日の食味会で取り上げさせてほしいとのことであんまり意味もわからずOKしていたところ、先ほど思い出して市民フォーラムさんのHPを拝見したところ、ちゃっかり写ってました。

写真を取られながらどうなるんだろうと思いつつも変に笑わせられたのではにかんだ笑顔でした。笑

宗像有機農業研究会も若い人は少なく、目立つので自分を取り上げてもらえます。このような境遇に立つ自分はホントにありがたい環境にあることと、自らこのような会に積極的に参加する意欲が自分にはあるのだろうと我ながら少し関心してしまうときもあります。

最近、友達からも「福島は自分のやりたいことをしてるからうらやましいよね」と言われたり、入社1年目の若手銀行マンの方から「自分はしたいことがないんですよ。なんとなくこの会社に入ってしまって・・・」などとつぶやかれたりしました。営業に来ていてそんなことを言われるとこちらが対応に困りますが・・・汗

正直自分でもなぜここまで恵まれた環境にいるのか、なんだか恐くなる時もあります。

本当にこんなに恵まれていていいのか?と考えたりもしますが、考えても仕方がないので感謝してありがたく受け入れようと思います。

ただ、自分は高校の時から自己啓発などの周りの人が読まないような本を読んだり、感謝することの大切さなどの本を読んだりしていたことは大いに関係しているのではないかと、振り返って思うのです。

小学生の頃「本を読むことは大切です」と先生から言われ、マンガの字を読むことすら遅く、兄からズタボロに言われつつも少しでも本を読もうとしていたころまで思い出しました。

後半は長々と物思いにふけっただけのブログを最後まで読んでいただき有難うございます。失礼しましたw

コガネムシと農薬と生きる意味

悩みの発端はチップを大量にマルチすることで問題になるコガネムシをどう対処するか。
今日宗像ブルーベリー研究会の集まりで指摘された。
コガネムシの問題はどげんかせんばいかんっとは思っていたが今のところ農薬以外に手立てはないのが現状。

私は現代の食への社会的思考の影響により農薬、化学肥料に対する嫌悪感が染み付いている。
コガネムシの生態を調べることや対処法を考えることでどうにかならないかを考えて行こうと思っていたが、いよいよ使わなければいけないような状態、つまり半分以上のブルーベリーがコガネムシで枯れるような状態になったとき、農薬を使うことでそれを防げたとしても俺の気持ちはそこまでして農業で生活して生きていくのは俺が農業をしだした意味が分からなくなると思う。さらには生きる意味さえもわからない。
すでに今でも生きる意味を考えてもわからんのに、そこまでして農業をしたくないと自分が思うだろうと。

俺は生きる意味がわからない。なのに嫌だと思うことをしてまで生きたくもない。
だから農薬を嫌だと思う今は死んでも使わない。
そう思うなかからなにか出てくればいいかなと思う

IMG_1893.JPG

写真はブルーベリーの株元が乾燥しないように覆う木を細かく砕いたもの。もとは街路樹や庭木の剪定枝。これは無害だと思っていたところに知らされたのが街路樹には農薬が使われているということ。それも食べ物でないため規定などない農薬がかかっているという。

確かにそうだろうと気づかされた。

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