太陽の光とはなんとありがたいことか。
18%以上あった水分が1日で13%と乾燥しすぎてしまった。
あれだけゴンゴンとうなりをあげていた乾燥機がどれだけエネルギーを消費して乾燥させていることかと思う。
とはいってもここまで乾燥するには下に敷いてある筵のお陰。
今時筵などと言っても読めもしないだろう。とはいっても自分も読めないのだが。
これはむしろであり藁で編んだ敷物である。
ウィキペディアによれば筵とは総称であり藁やイグサなどで編んだ簡素な敷物、とある。
しかし祖母はイグサで編んだものはござ。藁で編んだものをむしろと言っている。
籾を乾燥させる時はござよりこの筵のほうが断然良い。
それはむしろのほうが地との空間が大きく乾燥が早いためだ。
今日、その乾燥の早さを身を持って知った。
しかしこの筵。作るのに特殊な道具、編み機のようなものが必要らしい。
木でできたそれほど難しいものではないらしいが、祖父でも筵は作ったことがないらしい。
写真の筵はなんと私の曽祖父の最後の作品とのこと。
いまではネズミがところどころ食い破り、穴があいてしまっている。
大事に使っていきたい。
昔はすべてこの筵を使って籾を乾燥させていたそうだ。
とはいっても最後の仕上げとしての乾燥である。筵で乾燥させるまでは手で刈った稲をその場で1日干し、その後畔に積み上げてまた1日。
その後に脱穀してこの筵で乾燥させるのでおおよそ30%から20%程度まで落ちているだろう。
なので、莚で干すのは1日か2日とのこと。
その頃はこの筵が20枚もあったそうな。
夕方になったら籾を集め、袋に移したり、次の日も乾燥させる籾は筵の真ん中に集めて、筵を折りたたんで籾を露から守る。
祖母は小学生のときから筵も持ち上げて手伝っていたと昔を思い出していた。
ちなみに、籾が黒いのは籾殻だけであり、米粒は緑色か登塾したものは白である。
“緑米 天日干し” への1件のコメント
うちの田舎では、むしろと、ねこぼくを使い分けている。
ねこぼくは、何だか分厚いむしろ。
昔、同じように籾を乾かすのに使ってたらしい