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2009-03

畑違い

大学の恩師が言っていた。

「”農学部”を卒業したものは世間では農業に関して一般的な知識を身につけているとみなされ、前提に話しをする。」

だからというわけではないが、花卉のことや野菜、果樹のことや病害虫、土壌生理など、おおきくまとめれば農学になるのだが、ある程度平らに知っておきたい知識である。

しかし、実際農学部をでたからといってもほとんどの学生はこれらのうちの極わずかな分野のみしか勉強していないといってよい。

分子生物学を専攻していた人にほうれん草が何科の植物なのかなどと聞いても畑違いといってしまえばそれで終わり。

しかし、これはそれだけ農学という学問が多岐にわたり、一筋縄ではいかないことを示している。到底4年間では終われない学問である、とつくづく思う。

それと共に、大学が一つの畑だけを集中して掘り下げてしまうという仕組みであるがために陥る落とし穴であるように感じる。まぁ大学は研究機関であるため専門的になるのは当たり前だが、森を見ることも忘れてはならない。

もっとも事の行き着くところはいつも「好きこそものの上手なれ」。望まれるから頑張るのではなく、ただ単に好きだからという衝動が一番無理がなくてよい。

花冷え

img_2658jpg桜の花が咲くようになってからここ最近寒い日が続いている。ブルーベリーの花も膨らみだしたところで寒の戻り。葉芽の成長も若干鈍いようだ。

年を取る

祖母のダイコンは数週間前に、若干とうがたっていたが首からきっておいたらしい。鶏肉と煮たおかずとしてでてきた。

しかし、ダイコンはよく味がしみてはいるものの歯ごたえがしゃきしゃきする。ダイコンも年をとり、とうがでようかとする頃にはすでに硬くなってきてるようだ。

ニンジンもしかり。地から引き抜いたニンジンに着いた土を落そうと軽く地にたたく。するとポキッと音を立てて折れてしまう。同じように硬くなってきているのだ。もう少しとうが伸びてくるとスが入り、煮ても硬くて食べられなくなってしまう。

野菜も年を取ると硬くなる。人間も同じ。年を取ると体が硬くなり、しまいには曲がった腰が伸びなくなる。頭も固くなり柔軟な考えができなくなる。

と、祖父母と3人で晩御飯を食べながら笑った。祖父は耳が遠くて聞こえていなかったのだが。

ぼかし乾燥

img_26481ソメイヨシノが5分咲きといったところか。数日前にはすでに福岡市の方では満開といっていたが、やはり宗像は寒いのか、八幡もすでに8分は咲いていたようだった。

昨日、一昨日より寒のもどりとなり、朝はだいぶ冷え込んだ。日中は日差しが暖かく、空気が乾燥していたため、水稲用のぼかしを乾かすことにした。ぼかしは微生物の塊なわけで、日光に当てると殺菌されてしまうという人もいる。

本当のところはどうかはわからないが、数日暖かい日が続いたためか、ぼかしが腐敗ぎみになってきたため天日乾燥させてしまい、保存することにした。仕事の都合上ぼかしふりは後日。先にブルーベリーのマルチを広げてしまいたい。

庭いっぱいに広げたのだが、もう2枚分は広げられるほどあった。しかし、これを2町7反の田圃(8100坪)にふってしまえばわずかなもの。

スナップエンドウ開花

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昨年の秋に種を撒いていたが、肥料分がないのか、初期成育が悪かった。そこへ、ボカシを大目に株のまわりに撒いていた。すると、あからさまにその周りの草の葉の色がどんどん濃くなってきて、同じようにマメの葉の色もよくなってきた。

無事に育ってくれることを祈るばかり。

農業実践サークル『ファーマーズ』

3月19日、母校である旧九州東海大学(現在は東海大学に編入)の卒業式があり、一つ下の後輩が卒業した。

翌20日、在学中に参加していた農業実践サークル『ファーマーズ』の総会・送迎会があった。総会はその年の1年間の栽培プランを発表し、OBらの意見を仰ぎ検討するために行っている。

総会に合わせて、卒業生の送迎会と1年に1回となるOB会が兼ねて行われる。自分が卒業して1年たち、OBとして参加できることを楽しみにしていた。

送迎会では、自分のしらない1年生の後輩らが、先輩たちが卒業していくことの不安や感謝の気持ちで号泣する場面もあった。そして、また1年後にこうしてみんなが集まり、笑いも涙もありながら酒を飲む。最高の仲間たちがここにいることにとても感謝する。

ここまで卒業後も集まれる仲間でいられるのは、ただ一緒に活動してきたというだけではないからだと思う。他のサークルとは違って、ファーマーズは畑の作業を中心に、それぞれの生活が相互に関わりあっていたからだろう。
野菜を育てる、動物を飼うということは常に生活に密接に関わっている。土曜も日曜も関係がなく、お互いに助け合いながら生活していた。だからこそ、先輩の卒業に感謝の涙がでる。

まだファーマーズは7年目。今後、ずっとファーマーズが活動していき、多くの卒業生を排出していくことを切に願う。

日本人の心

img_2529日本人の心、といえばなんとなく外国人が思い浮かべそうな謙虚、誠実といった心を思い浮かべる。

最近の日本人はとても信仰心が薄いといわれる。がしかし、その心のおくには神道や仏教などの信仰心は少なからずあるのではないだろうか。

信仰心というより、単に神仏に対する畏敬の念は捨てきってはいないのであろう。写真は見ての通り鳥居なのだが、その奥に竹やぶがある。

この構図を思い描いただけで日本人であれば、その竹やぶには何かしらの神様が祭ってあると、反射的に想像するだろう。

この写真の鳥居の奥には特別な社があるわけではない。ではなんのための鳥居なのか。

それは、神がそこにおられるのではないかと、想像させることにあるのだ。そう想像すると、自然とその神の前にゴミを捨ててゆくなど到底できない。そのことが、目的なのである。

以前はゴミ袋が数袋できるほどのゴミが勝手に捨てられてきた。しかし、この鳥居を設置してから、ゴミはほとんど捨てられていない。この鳥居が見える範囲は。

右奥の坂の上から竹やぶにむかって大量に捨てられている。鳥居は見えない。

坂の上は墓地なのだが、先祖におまいりに来ておいて、その墓の前でゴミを捨てる。

春じゃが メークイン

img_25152春のじゃがいもは彼岸まで、と祖母は言う。すでに彼岸になってしまった。そうでなくとも今年の春は早い。3月上旬には植え付けをすべきだったのかとも思うが、まぁ仕方ない。

写真は種いもを半分に切った切り口を乾燥させているところ。新聞紙の上、というのが農家らしい。

現代農業

現代農業。定価800円。復刊第750号が2009年4月号。月刊誌なので単純計算62年以上になる。

書かれていることは農家それぞれの知恵集といった感じで、それぞれの農家の栽培技術が惜しみなく紹介されている。

現代農業の良いところは栽培技術だけにとどまらないことだ。自然の事や、健康の事、料理の事などいろいろ。

これらのことは、昔から伝わる生きるうえでの知恵であり、なにも農家だけに言えることではないことがたくさん紹介されている。毎月400ページ近くもの記事を見つけてくるのも大変だろうな、などと一人で心配してしまうくらいだ。

農業体験農園

今日の農業新聞の1面の記事。日本農業賞集団組織の部大賞に選ばれた農業体験農園の人の記事があった。

題は「夢語って形にしよう」というもの。

農業体験が楽しいのは、「農業」ではなく、「農」が楽しいのだ。また、農業に興味がありますと、派遣切りにあった人がテレビで就農の意欲を語っていた。これも、畑の中で汗をかき、自然の風を感じるという「農」の一場面を思い描いているのではないだろうか。

たしかに、「農」は楽しい。自分もその楽しさを今も、阿蘇でも十分味わってきた。

「農」が楽しいのはさることながら、さらに「農業」も楽しくあるべきなのではないだろうか。

体験農園で体験するのは「農」の楽しさ。これはこれで、とても良いことだと思う。自分も近いうちに体験農園をやってみたいと思っている。本当は、そのことを書こうとしていたのだが、考えているうちにかきたいことが段々変わってきた。

自分が思うのは、体験して楽しい「農業」である。この場合の農業とは、生業としての農業の意。

つまり、生活ができるだけの収入を得られる農業の体験である。

一般的な体験農園では、お金を払うことで畑を耕したり、種を撒いたり、収穫したりする。

自分の思い描く農業体験は、耕して、種を撒き、収穫し、販売することで収入が得られる農業の体験。

そんな本格的な農業が体験できれば楽しいだろうなぁ。まぁ生活ができるだけの収入を得られるとはいかないにしても、ちょっとした小遣い程度になれば、やる気もでる。お客さんとのつながりができる。そうなることが「楽しい」になるのではないだろうか。

発集会

今日は光岡地区の発集会だった。地域の役員やお金の収支報告などがあった。

朝8時から公民館に行き、陽の光を背中に受け、うつらうつらしながら聞いていた。

光岡区民から集めたお金や市からの補助金で道路や水路の補修などを行い、地域をよりよい環境に変えていく。そういった活動をするためには、役員に選ばれた人は、それぞれの勤めをしながら役員の仕事もしなければならない。

役員は1年ごとに交代していく。頼まれれば断れないような状況だ。しかし、これらのことがずっと続いてきたために今の状況がある。道が舗装されているのが当たり前、お役所の仕事と他人事ではない。

今まで、地域の人が努力してきたからこそ、この町が出来上がっているのだ。

料理

食の生産に関する興味が高まると同時に、調理への関心も高まっている。

美味しんぼの単行本が100巻を向かえたのと同時にNHKでは特集を組んでいた。クッキングパパのこともやっていた。

お米を買ってくれているお客さんが、漫画雑誌に連載されている玄米先生という漫画が面白いと、読み終わったものを持ってきてくれた。なかなか読めていないのだが、いろいろと調べて書かれている漫画には面白く知識を得られるというすばらしい面がある。

先日、配達に行くと「あなたのお米よ」と玄米ご飯を食べさせてくれた。玄関先で。しかも、当園の米糠でつけたきゅうりの糠漬けも添えて。

感無量。

まだなんだか解からないけど、料理っていいな。

農業資材もいろいろ

ブルーベリーの目途が立ち、やっとこさっとこ稲や畑のことに意識がいきだした。

何の作物は、いつどこでなにが必要なのかを考えるが、全く考えた通りにいかない。実際にやってみて、といういより、やらなくてはいけない時になって初めて何が足りないのかを知る。

どんなに考えても知らないのだから解からないし、予測もできない。知っているとは経験していると言いかえてもよい。

専門書を読んでもその通りにはいかない。参考書はあっても教科書はない。

さらに言えば基本といわれることでさえ度々覆される。とはいえ、覆されるのは基本の上に立っているからであって、基本にすら乗っていない自分からすれば、覆ることはない。「はぁそうですか。」というだけ。

とはいえ、やはりまずは基本に乗ることが重要ではあろうと思う。

本題だが、稲作についてどのように栽培するのかということを考えていると、自然と向こうからやってくるいろいろな農業資材。

これらの資材を利用した農業の形をその商品名を取って、○○農法というものが多くあるが、これらの農法は日本にはどれだけあるのだろうか。今、特に考えているだけあって何が良いのかと、いろいろ悩まされる。

しかし、やはり前述の通り基本の上に立つことが重要である。なんの資材がどう良いのか、などと考えるのはとりあえずやってみてからでもよいだろう。むしろ、そうでないと農業資材の良し悪しなんてわからない。

根本的な原理だけを言えば自然農法的に「なにもいらない」という境地まで到達するのだが。

などと水稲用の元肥となるぼかしを作っていて考えていた。

整列

img_2510植栽がビシッと整列してると気持ちが良い。若干右に曲がっているのは車道側が微妙にカーブしていて、それに合わせたためだ。

しかし、家に帰ってみると物であふれた納屋。農業はいろいろな資材がつぎからつぎへと出てきて、もったいないから捨てられないと物が増えていく。その物のたまった納屋を、新しいことをはじめた自分も使い出したため、さらに物が増えていく。シートをかけて半雨ざらしの状態で保管せざる終えないほど。

大体農業は儲からないといっている農家の納屋は汚い。うまいラーメン屋のトイレは汚いという法則があるらしいが、うまくいっている農業者の作業場、納屋はとてもきれいだ。

農業福島園の納屋は現在改装中です。今しばらくお待ち下さい。もう数年ほどをかけてきれいにします。なにせ、半世紀近くの祖父の偉業がぎっしり詰まった納屋ですので。

ここ数ヶ月はゴミ袋の数がいつもの3倍近く定期的にでています。

胚芽米

胚芽米の特殊な精米方法とは、精米時の回転をゆっくりにすることで、お米を横に回転させながら精米する。そのことで胚芽に圧力が加わることなく表面の糠は取り除けるという。通常の精米機は高回転がゆえに米は縦横無尽に回転しながら擦れ合うことで、胚芽も均一に精米する。

これは、メーカーの説明文を読んだだけの「知ってるつもり」なわけなので、時間があるときにもっと専門的に勉強してみたいと思う。もし、回転数を減らすだけなら我が家の精米機でもモーターを低回転のものに変えるだけで胚芽米が精米できるのではないか、と思う。

まさかそんな簡単なわけはない。きっと圧力がかかる空間が通常のものより狭く、米が横回りしかしない程度ではないかと予想するが、どうだろうか。

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