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2010-07

モノクロ

img_5336近くの農道。この写真をみて何か感じることはないだろうか・・・

img_5336-2これならどうか。

振り出しに戻る

img_53482年間せっせと入れたバークチップを17本に限ってはいだ。

理由は一向に回復しないブルーベリーの状況に何かしらの手立てを模索するため。

今まで肥料屋さんや梨農家さんなどからさんざんバークチップをのけるように言われてきた。

しかし、2年にわたりこれで成長がよくなるはずだ!と思いこんで頑張った仕事を無に帰す行為をそうたやすくできるはずもなかった。

ただ、成長が悪い木に何かしらの原因を考えるとしたら、やはり株元を覆っている大量のバークチップが原因である可能性は十分考えられた。

今までなかなかバークチップをはがなかった理由には、夏場の乾燥に耐えられないと思ったからだ。また、バークチップをこれからもどんどん追加していけば、根が伸びる範囲が広がり、生育が良くなると思い続けていた。

しかし、予想しているだけのバークチップをマルチしている株でもやはり生育が悪いということもある。

ここにきてバークチップをはいだのは3立米の貯水タンクに加圧ポンプを取り付けれられたことにより、ブルーベリーの圃場にホースで潅水ができるようになったため、乾燥で株がしおれてきたときには潅水できるという設備が整ったからでもある。

バークチップをはいでいるとブルーベリーの根があらわになってきて、どうもブルーベリーが呼吸困難な状態から解放された気持ちになっているように感じた。

いっときは乾燥が辛いと思う。しかし、そのような状況こそ根が下に伸び、上部な基盤が築きあげられるのであろうと思う。

広島の神峯園のブルーベリー畑も赤土にピートモスを混ぜて定植するだけで、十分に育っているようだ。そのためには潅水が欠かせないという。

バークチップを多量に入れて栽培する方法も模索するつもりではある。

ということは、振り出しに戻った後のではなく、失敗を重ねて成功の階段を一つ登ったのだ。

合鴨農法

img_5247今日は久しぶりのまとまった雨になった。

祖母と話をしていると、連日の晴れの後の雨は畑が潤うからうれしいとなる。これは畑をしているからこうなるが、団地の人はあまりそうは思わないだろうと。

写真はタニシに大きく食べられた自分の田んぼなのだが、水面が多く見えているせいか合鴨が飛来していた。つまり、自分が合鴨農法をしているのではなく、勝手に降りてきてえさ場としているだけ。

合鴨は普通の自然界では存在しえない鳥だ(マガモとアヒルを人為的に交雑したもの)。それがこのように宗像の大地を自由に飛び回っている。

合鴨は秋になると水田から離され、ある程度肥育したら肉としてさばかれる。これは自然界では存在しえない種であるため、放鳥を禁じているからだそうだ。

しかし、去年の7月の豪雨の時にも知人の合鴨水田は水につかり、合鴨は流されていったそうだ。

そんなことがそこそこでよく耳にするため、この前の冬でも川の流れの緩やかなところに合鴨数十羽が群れをなしていた。

無農薬無化学肥料と謳って自然をアピールする合鴨農法だが、こうして自然界の種を脅かす存在になってくるのも事実であることを考えると、

そもそも人間が作り出すものがすべて反自然的とする考え方があること自体、人間中心の物の考え方であることだと思う。

人間も自然の一部であり、こうして自然界に人為的に変化をもたらすことも一種の自然の一つなのではないか。

昨今ブームとなっているECOも、地球を守ると名乗っているが結局は人間の住処を守るということが本来の目的として隠されている様でならない。

2008年に公開されたキアヌ・リーブス主演の映画、「地球が静止する日」には地球外生命体が地球を人間の手から守るためにやってきた。

この映画は人間による人間への警告であるために、やはり事の中心には人間が地球にしていることが問題であると訴えている。人間が地球からいなくなれば地球は自然のままであると。

人間が二酸化炭素を出すから地球の平均気温を上げているのは事実なのだろうが、人間が二酸化炭素を多量に出すようになったこと自体もある種の自然の流れの中であり、いわば仕方のないことだと思う。

ということは、人間が地球を守ろうとすること自体も自然なことなのだと。

しいては、自分が農薬や化学肥料を使わないと決意したのも、自分で決意したのだが、自然と決意するようになっていたと。

すべては自然の流れの中で起きていること。

中干し

img_5341田植え後、30日前後で一度水を抜き、田んぼの土を乾かす中干しという行程がある。

ずっと水が張っていた土の中のガスを抜くためであることが主目的であったはずだが、昨今では収穫時期に田んぼが軟いとコンバインという大型機械がぬかるんでしまうために、今の時点で土を硬くしておくという意味合いが強くなってきているようだ。

水が抜かれて行き場を失ったタニシは土中にもぐって乾燥から身を守る。本来ならこのような状態のタニシはあまり見かけない。

もっと水があり、土が柔らかいうちにすっかり埋まってしまうのかもしれない。そこまではまだ生態を知らない。

1か月

img_5295田植えから1カ月が過ぎた。ようやくここまで成長してタニシに食べられる心配がなくなった。

つい数日前までは大きくなったと思っていてもちょっと水が入りすぎると茎をつたい登って葉を食べていた。

今年は全体的に梅雨の長雨の影響で徒長ぎみと茎数不足ぎみの生育となっているようだ。

写真はヒノヒカリ。

化学肥料を入れない肥えた土で稲が元気にのびのびと成長する場合、稲の姿は開帳形になるようだ。

そもそも移植した苗の1株当たりの本数が少ないと開帳形になりやすいようだ。(通常1株に5本から多いもので10数本。今年の当園ではおおむね3~4本)

それは苗作りの段階で播種量がとても少ない1箱あたり80g~90g播きになったため、1株あたりの本数が少なくなった。

また、播種量が少なかったから開帳形になったのだろうが、化学肥料を入れなくなった2年目だから土が変わってきた証拠か・・・などとほくそ笑んでしまう。

なんにせよ田植え時の小さい苗がタニシに食べられなくなって一安心。

水面がいっぱい見えていた田んぼが緑に覆われるようになって一安心。

今年は夏ウンカ(背白ウンカ)の飛来が多いようで、このままの偏西風の吹き方だと秋ウンカ(鳶色ウンカ)が多くなりかねない、と近所の農家さんが言っていた。

っとここで秋ウンカが鳶色ウンカだったことを確認するためにまたもとりだした田んぼの生き物ガイド。

そこに書いてあったことは農家さんが言っていた秋ウンカについて全く違ったことが書いてあった。

秋ウンカはその名の通り秋に大繁殖する場合があり、収穫を目前にクレーターのように稲を枯れあげるほどの害虫だ。

しかし、秋ウンカは秋に飛来するのではなく、夏ウンカと同時期に飛来し、第1世代、第2世代、そして第3世代で爆発的に繁殖し、被害をもたらすそうだ。

長年稲を作ってこられた農家さんでも害虫の生態をよく理解していない場合があるということ。

農協は年に3回ほど、稲作情報としてその年の害虫の傾向を農業改良普及センターと検討し、農家に配布している。

しかし、これに書かれていることは「現在セジロウンカの被害株が一部見受けられますが、防除時期の目安は幼虫1株あたり30頭以上です。圃場を確認して発生が多くなった場合は下記薬剤を散布してください。」

とのこと。もちろんすべての農家が勉強しなければならないとは言わない。

しかし、農協も普及センターも教えてくれることは害虫の種類、時期、発生量に対してどの農薬を使うかということだけ。

なぜ発生するのか。また薬剤の他に対処する方法が全くない。聞いてもおおよそ知らないのが現状。

有機農業をしない農家にとっても有機農業の世界を知ることは図らずも現在の刊行農法にも大きな知恵を授けてくれることは間違いない。

農業の世界にとって有機農業への偏見がなくなるとどれだけ有益なことかと思う・・・

鳥の巣

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田んぼの中を草取りに入っていると鳥の巣を発見!

卵が白と黒のまだら模様なのでウズラの巣なのかとわからないなりに思ってみたが、家主が見当たらなかった。

横の稲の葉を巣の上にくるように折り曲げ上空から巣が見えないようにしてある。

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ヤゴ

img_5291トンボの幼虫、ヤゴの抜け殻。

トンボやヤゴは見たことがあったが、そういえば抜け殻があるとも考えたことがなかった。

そこで、NPO法人農と自然の研究所が発行している田んぼの生き物ガイドを購入後、初めてまともに開いてみた。

田んぼに水が入ってから飛ぶようになるトンボ、九州では薄羽黄トンボ(ウスバキトンボ)という種で、東日本にいる赤トンボとは違うそうだ。

祖母も赤とんぼといっていたので違うと教えてあげた。

なんと毎年風物詩のように飛び回るこのトンボは沖縄以外では越冬できず、毎年東南アジアから飛来してくるそうだ。

偏西風にのってやってくる虫に害虫とされているウンカがあるが、まさかトンボまで飛来してくる虫だったとはしらなかたった。

3日3晩の土用干し

img_5236今年は庭の梅の木に実はほとんど実らなかった。

すると、近くのおばちゃんから余ったという梅をおすそ分けしてくれた。

梅干しは梅を干すと書いて梅干しだが実際に梅を干している風景をあまり見たことがない。

梅を干す時間とタイミングを3日3晩の土用干しというらしいが、今度の土用は立秋が8月7日らしく、その18日前からなので7月20日?からになる。(ウィキペディアより自己計算)

近所の人はまだ早いといっていたそうだが、どうもどんぴしゃだったようだ。昨日から梅を干している。

ちなみに干し物は夜露に合わせないことが多いが、梅干しの場合は3晩とあるようにわざと夜露に合わせるようだ。

しかし、昨日も夕立が来そうだったので夕方からは納屋の下にしまっていた。

畔草刈り機

img_5213夏の仕事開始は日の出とともに。

といいたいところだが前日に床についた時間が遅く今日は6時40分開始。

やはり快晴の朝は気持ちいい。梅雨の雨が続いていたおかげで晴れの日がとてもありがたく思う。

上の写真は土手などの斜面を刈るための機械。

傾斜角は50度まで大丈夫とのことだが傾斜がきつくなると後輪が若干滑りながら走行するようになる。

それにしてもこの機械があると刈払機でする1時間の作業が15分程度で終わってしまううえに疲れないためとても助かっている。

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軽トラの後ろに畔草刈り機がのっている。太陽の光と青い空にくっきりとした軽トラのシルエットがはえる。

農業写真家としての一歩・・・

水やり

img_5208梅雨が明けるとそこは夏空だった。

梅雨が一気にあけてすさまじい太陽の光が槍のように突き刺さる。

雨が降っているとしなくてもいい仕事に鉢の水やりがあるが、こうも急に状況が変わるとつい忘れてしまう。

写真は鉢のブルーベリーだが、最近は2次伸長してきた芽が渇水のためにしおれて枯れてしまった様子。

植物は自分の身に危険がせまるとトカゲのしっぽみたいにある一部を犠牲にして母体を守る。

ここまで水をやらなかったのは17日土曜日。

この日は午前中に配達と田んぼの水管理をばたばた終えてしまい、午後から久留米→日田への勉強会「天下一」一行で果樹園の視察だった。

それこそついブルーベリーの鉢に水をやることを忘れてしまい、祖母に変わりに水をやることをことづけることも忘れていた。

気がついたのは宗像に帰ってきた夜9時。

しかし、この日は祖母も今までにあまり体験したことがないほどの夕立だったそうだ。バケツをひっくり返したようなという比喩がまさに当てはまると言っていた。

自分も久留米のマンゴーハウスで夕立の雨宿りをしていた。

もしこの夕立がなければ今頃はこのブルーベリーは枯れていたかもしれない。

福岡県産マンゴー

img_5175久留米市田主丸町は日本一の植木の産地。その田主丸町でマンゴーを栽培されている方がいる。

たしか去年にこの農家さんを知ってから今日で4回目の訪問になる。

いつかのブログにはマンゴーは儲かるという話があるが、今は興味はないと言っている自分。

しかし、その収益性たるやいままで儲かると聞いた作物のなかでも群を抜く。

正直、最近は自分の農業経営をのことを考えると農業で生計を立たせることのむずかしさを感じなくもない。

それと比較すると収益の上がる作物を少量ながらにも栽培していると経営的にも余裕が生まれるのではないかと、考えるようになった。

簡単に考えるようだが、これはマンゴーを栽培する技術を教えてくれるというこの農家さんがいてからこその話である。

しかし、自分は農薬を絶対に手にしないと誓って大学を出た。

ところがマンゴーを栽培するとなると、全く未知の世界であり、先生となる農家さんがスリップスがでたら即農薬散布で被害を最小限に抑えると教えてくれる。

農薬なしでマンゴーを栽培しきれるかといわれると不可能に近いと思う。

結局のところ、なぜこのようなことを考えるかというと、3年目でまだまだ経営が軌道に乗らないことへの不安感からだと思う。

夢・目標

先日、徳島で酪農の仕事をしている先輩から電話があった。

そのなかで、市場に努めている後輩が休みなく続く仕事のことで悩んでいることの話になった。

しかし、この先輩も2カ月半休みなく働いているがなにも(精神的には)辛くはないという。その理由が「俺には夢があるから。」と一蹴。

聞いた瞬間、何か打ち抜かれたような気がした。ここまで明確で確固たる夢を持っている人は少ないと思う。

自分も夢宝地図を描いたり、夢に日付をつけたりしたこともあった。

しかし、自分はそもそも夢の実現に向けて努力することが大の苦手だったし、苦痛であった。

そもそも、自分は平穏な気持ちで日々を送りたいというこれも一つの夢の実現のために農業という道を選んだのだ。

そういう言い訳から大学卒業するころには生き方を変えていた。

決して変えた生き方が悪いわけではなかった。むしろ良かったと思う。それは日々、目の前のことを全力で取り組む。ただそれだけ。

自分にはこうしたい、あぁしたいというものはいっぱいある。だから自然と、無意識にしなければいけないことを自分で作ることができる。

そうすればやることは自然とみえてくるというもの。

実際やることは次から次へと湧いて出てくる。

しかし、一つ現状からわかったことがあるとすれば、それはこの生き方では熱が入らないのだ。

目の前のことを書き出してみるのだが到底一日では終わらないことに嫌気がさす時もある。

そこで、夢というスパイスによって人は燃えることができるのではないかと思う。

田んぼの生き物

ブログをアップしなかったここ数日、撮りためたいくつかの写真で振り返って更新する。

img_44251晴れた日の夕暮時。排水路に立ち上るユスリカの群れ。

あまりの多さに耳や口に入ってくる。

img_4436田んぼの水尻に設置した排水パイプ。

このパイプの角度を下に下げることで田んぼの水位を簡単に調節できる。

「これは快適。」

ユスリカやカエルは繁殖しやすい。

しかし、耕地整理で灌漑水がはっきり分けられるようになることで田んぼで生存できなくなった生き物は多い。

生物多様性が良いとか悪いとかは正直わからない。

だけど、ただ言えるのはいろんな生き物がいたほうが楽しい。今はそれだけにとどめておこうかと思う。

最近ブログの更新がされてないよ、といわれてしまいました。

心と体は一つ、一心同体とはよくいったもので、心が荒んでいると体も思うように動かない。

解体業でアルバイトをする若者が体がだるいと電話で恋人に訴えているのを横耳で聞いた。昼食中だったが食べているものはコンビニの弁当。目の前に原因があるのだが気付かない。

しかし、体がだるく感じているのはこの若者だけではなかった。

自分も同じような症状だ。しかし自分の場合は祖母のバランスのとれた食事を日に3度食べさせてもらっているので大丈夫だとは思っていた。

元気が出ないと夢や目標などもてるはずもない。今日を生きるだけで精いっぱいだ。

梅雨はすべてを腐らせる時期だという。

降り続く雨で根が腐る。高温多湿で有機物にはカビなどの腐敗菌が繁殖する。

人の心も活発に燃えていなければカビが生えるのかもしれない。

今、この世界には常でない何か(異常)が起きているのかもしれない。

農家のこせがれネットワーク 宮治勇輔さん

ヤンマーから時たま送られてくる雑誌、Wonder Field。

今回の特集記事の題名「農業は、多次元産業へ。」

一次産業である農業を新しい産業という意味で六次産業と名付けたりしている昨今(命名の出所は知らないが)、

新しい農業のかたちをわざわざ六次などと一番最後と言わずに、一次であることに誇りを持て!というような内容だっと思うが、以前の青年クラブのリーダー研修会での公演でお会いしている宮治氏。

あれからというもの、いろいろなメディアでちょくちょく目にする。

六次産業の6とは(1×2×3)だそうだ。つまり生産、加工、流通・販売までを担う新しいビジネスモデル。

今思ったのだが、現にこれをすべて行っているところもある。しかし、この場合は(×)ではなく(+)なのではないか。

同じ6でもただ単にそれぞれをひとつにしただけでは膨れ上がり、身動きが取れないのではないか、と。

もし、これを(×)にするのであれば、もっと大きな、地域ぐるみで行う相乗効果を伴うかたちでやれるともっと効果があるのかなと、、、(余談)

結局言いたいことは簡単で、これからの農業はあり方が変わる。

今日、田んぼの畦草刈りをしていて思いついたことがある。

20万円する畦草刈り機、使っているのは自分の畔だけ。隣の田んぼも、もうそろそろ刈り時期でこっちの田んぼの耕作者は70歳後半。

この機会があれば草刈りも楽なんだろうけどなぁと思った。

そこで畔草刈り機を共同で使用するか、もしくはレンタルにすればこの1台で多くの人が使用でき、機械の利用率が上がる。

しかし、もちろんいろいろな問題もあり、利用料や修理など皆が平等に使えるにはそれ相応の仕組みが必要になる。

全国でも、どこかで農耕用機械の共同利用で成功している地区もあると思う。

そういった機械の共同利用による仕組みを導入できればと・・・

なければモデルとなるような新しい取り組みになり、全国にその手法が生きればなと思う。

これはあくまで身近なものを例にとったものだが、そんな今までにない農業の、地域の在り方が必要なのではないかと思う。

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