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農業 Archive

ランドラッシュ

NHKで今夜放送がった番組。

世界中で農地の奪い合いが起きている。すでに食料危機は起きた。しかし、今の時点では一時的な問題だった。

ウクライナで農地の獲得に奮闘する日本の農家。(農家というより農業起業家?)

国の4分の1の食料を海外の農場で生産するため国を挙げて後押しする韓国。

世界でもっとも貧しいといわれるアフリカの国の農地でさえ奪おうとする世界の企業。

そこまでが番組で写った農場争奪戦の最先端。

しかし、田舎道を走れば随所に見られる耕作放棄された農地。

跡継ぎのいない日本の農業、進出する企業。

相反する状況に嫌悪感を抱かざるを得ない。

自分は企業でも行政でもない。一人の農業者としてこれからどうなっていくのか、とても興味がある。

農林業経営体調査

02010年世界農林業センサス(日本語で農林業経営体調査?)という調査に、先日担当者がこられて協力した。

内容は水田の耕作面積や栽培作物の種類、それらの農産物の販売金額や販売方法など。つまるところ我が家の経営状態だ。

この調査は5年に1度行われているようで、上に挙げているパンフレットには1985年からのデータがある。

1985年とは自分が生まれた年。グラフ右の説明文にもあるが、331万戸だった農家の数が20年間で約6割の196万戸にまで減少している。

この間、日本の人口は1億2100万人(1985年)だったのが1億2700万人(2005年)と若干ながらに増えている。(総務省統計局ホームページより)

農家1戸がどれだけの人口を支えているかを考えてみると、1985年の時点で約37人。2005年では約65人。

そのかわり、農家1戸あたりの農地面積は同じ角度で右肩上がりになっている。

農地・農業経営の集約化が起こっている。

この農家の減少傾向は今後、日本の食糧事情にどういった影響を与えるのであろうか。

さらにこの減少傾向は若干緩やかになるにしても減少は避けられないであろう。

その理由としては、現在農業をされている人の多くがすでに軽く60歳を超えていること。

その傾向とは逆に今年度の農業大学の入学希望者が増えているという話しを聞いたことなどから、若干ながら就農者が増えるだろうと思われる。これはすべてが就農するわけではないので、未知数。自分の独断と偏見による。

これからますます日本の農業は大きく変わっていくことはいうまでもないだろう。

もっと日本の食糧生産事情が激変する時期にあることを知ってほしい。それは一般の消費者は当然ながら、家族経営で農業をされている農家においてもしかりだ。

畑を見せない

今年卒業した後輩に、実家で父とイチゴ作りを一緒にしている後輩がいる。

そこのイチゴは普通では考えられないほどの収穫量、通常の4倍ほどを上げているらしい。

後輩の父は若い頃はいろいろ試行錯誤を繰り返し勉強したそうで、だから今があるのだそうだ。

年をあけてから後輩に畑を見せてほしいとメールしたところ、返ってきた言葉にある種の衝撃を受けた。

それは「基本的に人には見せていないから無理ですね。」と。

普通、農業者であるなら自分の畑を見せるという行為は、面倒ながらまぁしぶしぶながらにせよ引き受け、実際に見に来たときにはいろいろと自慢をしたくなるもの。

しかし、畑とはその人の技術の集大成がそこにあるのだ。

その技術を惜しげもなく披露するということは、たとえば特殊な技法で作られる成品の企業秘密の部分をみせることと同じではなかろうか。

たしかに、農業は畑を見ただけで簡単にわかるものではないのだが、その自分の技術を簡単に見せるほど安くは無い、と言わんとしているのではないかと、自分は思う。

みかん農家の人にも、農業者は自分の技術を他人に簡単に教えすぎだ、と批判する人もいたので、そういった考え方もあるのかとは思っていた。

いままで教えてくださいとその人のところにいくと惜しげもなく教えてくれることが普通になっていた時もあった。

今回の後輩の一言は、そのことを如実に表してた。

もちろん、畑を見せないようにしているのは後輩の父の方針なのだろうが、そんな父親の元で一緒に農業ができることが羨ましく思ったりもする。

農は一人ではできない

先日、お米の配達にうかがった際に、お宅にお邪魔させていただき話をしていた。

その方は以前、奈良県で幼稚園の園長さんをされていた方で、園児の農業体験などでお世話になっていた青年の農業者がいたという。

その方は私のような新規就農者で頑張っていたそうだが、周りの農家から意地悪をされるようになり、ついには農業を辞めてしまったという。

先進的な農業のやり方ではあったが、それが周りの農家からは認められず、看板を立てるにしても周囲の人たちへの配慮が足りなかったのか、除けるように言われたり、保育園バスが来たときには農道で邪魔になったのか意地悪をされていたという。

詳しい話は聞かなくても大方のところ、見当がつく。

それは、その青年が農業というものが日本においてはどれほど地域性が必要な事かを理解していなかったのではないのかと思う。

そして、それを教える周りの農家がいなかったのではないか、と。

今現在、農業を志す若者を欲しているのはどこの農村地域でも同じだ。だから、この青年もある意味では先進的な農業で地域を活性化しようと意気込んでいたのかもしれない。また、それを応援していた方々も少なくないはずだ。

しかし、農業をする以上、守らなければならないルールがどうしても地域には存在する。一見すると、古臭くて面倒な人間関係や、無駄だと思われる出事の数々。

これらを守ることと、今までの常識にとらわれない農業をすることとは違うということだろう。

かくいう自分も周囲の農家からしてみれば今までの常識からは考えられないことをしてる。そのため、なるべく自分は周囲の迷惑にならないように最低限のマナーは守っている、つもりではある。

それでもなかなか自分のやり方を貫くということは地域の中の農業であるだけに難しい。

農と農業

百姓と称して農業を始めた。しかし、農業と農とは違った。

ちょっとしたショックだった。しかし、それが今でも正解ではない、正解なんて存在しないと思えて仕方が無い。

img_36929月18日にアクロス福岡で行われた農文協シンポジウムで宇根豊氏の講演があったので参加してきた。

宇根さんは先日の阿蘇で行われた有機農業技術研究大会にも参加されていたのだがおめにかかれずじまいだった。

宇根さんの話は一言でいって面白い。子供目線のなぞなぞは大人でも知らないことだらけの自然の不思議がいろいろでてくる。それも、いつも仕事をしているときにも起こっていることなので、どれだけ自分たちが農の目線でなく、農業の目線で仕事をしているのだと気づかされる。

宇根さんはNPO法人「農と自然の研究所」の代表である。このNPO法人は設立して10年目となるらしいのだが、この法人が設立された目的を10年かかっても成し遂げられないときはもうどうしようもないだろうと話されていたそうだ。

その10年が来年の春に終わり、これから研究所がどうするのかを発表するという。

私は研究所の10年間がどのように経緯していったのかは知らないが、講演の最後に宇根さんがおもむろに発した「これからどうするのか来年の春に発表します。」という言葉には思い気持ちがこもっているように感じた。

宇根さんは何かを変えようと、何かを伝えようとされていた。その気持ちがどれだけ達成できたかは知らないが、すくなくとも自分のものの見方に大きな影響を与えた。

今までいろいろな影響を受けたが、どの影響もあてずっぽうに受けてきたわけではない。極自然と自分の気持ちに誘導され、影響を受けてきた。

だから、自分の受けた影響が他の人にも影響を及ぼすとは限らない。むしろ自分が望む影響以外の影響をを受けることはまれである。

結果的に自分のオリジナルはいろいろな影響の結果であるが、自分にしかできないことが必ずある。

生育調査

img_3346植物は毎日、昼も夜も呼吸し、成長している。ぱっと見たその瞬間だけでは動いているようには見えないもの。

かといって時間を置いてみてもなんとなく変わっているのはわかるという程度。

なにが、どのくらい変わったのかということはなかなか判別がつかない。

そういった植物の変化をわかりやすく、数字に換算することで、その植物がどのような生長をしているのかを知る手がかりになるのが生育調査だ。

稲の場合はとてもポピュラーだといえるだろう。

草丈、葉の幅、茎数、葉の数(葉齢)を数え、定期的に記録しておく。

そうすることで、一定期間でどれだけの成長をしたのかがわかる。たとえば、先週は5cm伸びたが、今週はさらに8cm伸びたということがわかれば草丈の伸び方は今週のほうがよく伸びているとわかる。

このことからわかることはいろいろあるが、田植え後で根が切れた状態で植えられた苗から新しい根が出てきて、十分活着し成長をしだしている、と予想される。また、去年の同じ時期とはどうなのか比べることで、去年より天候が良いために活着も早いようだ」などと思える。

植物の状態を知る上で、まずできるはじめの事だといえる。

わかりにくいが写真の稲の後ろに竹の目印があり、個体を見失わないように挿している。

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