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農業 Archive
農は一人ではできない
先日、お米の配達にうかがった際に、お宅にお邪魔させていただき話をしていた。
その方は以前、奈良県で幼稚園の園長さんをされていた方で、園児の農業体験などでお世話になっていた青年の農業者がいたという。
その方は私のような新規就農者で頑張っていたそうだが、周りの農家から意地悪をされるようになり、ついには農業を辞めてしまったという。
先進的な農業のやり方ではあったが、それが周りの農家からは認められず、看板を立てるにしても周囲の人たちへの配慮が足りなかったのか、除けるように言われたり、保育園バスが来たときには農道で邪魔になったのか意地悪をされていたという。
詳しい話は聞かなくても大方のところ、見当がつく。
それは、その青年が農業というものが日本においてはどれほど地域性が必要な事かを理解していなかったのではないのかと思う。
そして、それを教える周りの農家がいなかったのではないか、と。
今現在、農業を志す若者を欲しているのはどこの農村地域でも同じだ。だから、この青年もある意味では先進的な農業で地域を活性化しようと意気込んでいたのかもしれない。また、それを応援していた方々も少なくないはずだ。
しかし、農業をする以上、守らなければならないルールがどうしても地域には存在する。一見すると、古臭くて面倒な人間関係や、無駄だと思われる出事の数々。
これらを守ることと、今までの常識にとらわれない農業をすることとは違うということだろう。
かくいう自分も周囲の農家からしてみれば今までの常識からは考えられないことをしてる。そのため、なるべく自分は周囲の迷惑にならないように最低限のマナーは守っている、つもりではある。
それでもなかなか自分のやり方を貫くということは地域の中の農業であるだけに難しい。
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農と農業
百姓と称して農業を始めた。しかし、農業と農とは違った。
ちょっとしたショックだった。しかし、それが今でも正解ではない、正解なんて存在しないと思えて仕方が無い。
9月18日にアクロス福岡で行われた農文協シンポジウムで宇根豊氏の講演があったので参加してきた。
宇根さんは先日の阿蘇で行われた有機農業技術研究大会にも参加されていたのだがおめにかかれずじまいだった。
宇根さんの話は一言でいって面白い。子供目線のなぞなぞは大人でも知らないことだらけの自然の不思議がいろいろでてくる。それも、いつも仕事をしているときにも起こっていることなので、どれだけ自分たちが農の目線でなく、農業の目線で仕事をしているのだと気づかされる。
宇根さんはNPO法人「農と自然の研究所」の代表である。このNPO法人は設立して10年目となるらしいのだが、この法人が設立された目的を10年かかっても成し遂げられないときはもうどうしようもないだろうと話されていたそうだ。
その10年が来年の春に終わり、これから研究所がどうするのかを発表するという。
私は研究所の10年間がどのように経緯していったのかは知らないが、講演の最後に宇根さんがおもむろに発した「これからどうするのか来年の春に発表します。」という言葉には思い気持ちがこもっているように感じた。
宇根さんは何かを変えようと、何かを伝えようとされていた。その気持ちがどれだけ達成できたかは知らないが、すくなくとも自分のものの見方に大きな影響を与えた。
今までいろいろな影響を受けたが、どの影響もあてずっぽうに受けてきたわけではない。極自然と自分の気持ちに誘導され、影響を受けてきた。
だから、自分の受けた影響が他の人にも影響を及ぼすとは限らない。むしろ自分が望む影響以外の影響をを受けることはまれである。
結果的に自分のオリジナルはいろいろな影響の結果であるが、自分にしかできないことが必ずある。
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生育調査
植物は毎日、昼も夜も呼吸し、成長している。ぱっと見たその瞬間だけでは動いているようには見えないもの。
かといって時間を置いてみてもなんとなく変わっているのはわかるという程度。
なにが、どのくらい変わったのかということはなかなか判別がつかない。
そういった植物の変化をわかりやすく、数字に換算することで、その植物がどのような生長をしているのかを知る手がかりになるのが生育調査だ。
稲の場合はとてもポピュラーだといえるだろう。
草丈、葉の幅、茎数、葉の数(葉齢)を数え、定期的に記録しておく。
そうすることで、一定期間でどれだけの成長をしたのかがわかる。たとえば、先週は5cm伸びたが、今週はさらに8cm伸びたということがわかれば草丈の伸び方は今週のほうがよく伸びているとわかる。
このことからわかることはいろいろあるが、田植え後で根が切れた状態で植えられた苗から新しい根が出てきて、十分活着し成長をしだしている、と予想される。また、去年の同じ時期とはどうなのか比べることで、去年より天候が良いために活着も早いようだ」などと思える。
植物の状態を知る上で、まずできるはじめの事だといえる。
わかりにくいが写真の稲の後ろに竹の目印があり、個体を見失わないように挿している。
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九州・沖縄地区農業青年クラブ リーダー研修会
ここ数日、ブログの更新ができませんでお詫び申し上げます。
なにを隠そう、先日の月、火曜日に四国の石鎚山に登りまして、神秘と触れてきました。
そのために、前後日は田圃の仕事やお米の配達等、しわ寄せする感じで動いていました。
また、次の土日も休みを取らせていただきまして、山口までキャンプに行ってまいります。夏の休みをすでに取る形ですが、やはりたまには生き抜きも必要ということですか。自分で言ってしまっては元も子もないんですが。
そんな中、最近の百姓にもいろいろな出事がありまして、農業青年者クラブ(通称4Hクラブ)の九州大会が吉塚でありました。
もちろん初めて参加するのですが、今回の講師には関東よりわざわざ来てくれました、みやじ豚の代表取締役でもあり、農家のこせがれネットワークCEOでもあります、宮治勇輔さんのお話を聞いてきました。
以前、知人より農家のこせがれネットワークなるものの存在はきいていたのですが、まさかこんなところで代表さんに会えるとは思っても見ませんでした。
宮治さんは農業専門のプロデューサーといった感じで、関東でお仕事をされているため、九州にはない大都市圏での農業事情を感じました。
今の農業ブームの真ん中を走っておられる方で、こんな方と知り合える機会もなかなかないためいいところに参加できたものだと、有り難く感じました。
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「ゆれる現代社会を『農』から立て直す道筋を考える」
先日、福岡市天神で行われた九州農文協主催のシンポジウムに参加してきた。
改めてシンポジウムの題を読み直し、シンポジウムを思い出してみると、実際のところ現代社会を立て直す以前に、現代の「農」自体の諸問題が山積み、というふうに思い出される。
シンポジウムの最後に行われたディスカッションでは農の問題の話しがほとんどだった。半ば口喧嘩のようになっていた減反政策や後継者問題についての論争も、西日本新聞社の記者の方がうまくまとめて(話しをそらして?)くれた。
前半に行われた基調講演、熊本大学文学部 徳野貞雄教授の話しでは現代の農業の根底を支えてくれている人が兼業農家であり、一番農業者が多いのは役所であるという現在の状態を提起。
棚田を守る取り組みを例に、現代の農の問題の取り組み方が昔のままであるという。棚田を守るということは良いのだが、これを文化的価値が高いからと、補助金によって街から人手をよび管理作業を続ける。これにより棚田は守られたのだが、根本的問題の解決にはなっていない。
それは、限界集落の存続である。棚田は守れた、しかし集落はつぶれた、という結果。農地はそこで農業を営む人がいてこそ本当に維持されるというのではないか、というのが徳野教授の問題の捉え方だったのだと解釈した。
我が集落もある意味限界集落の道をたどっている。宗像も都市近郊でありベッドタウンとして人口も増えていることだろうが、農業者は高齢化するばかり。地域の農業者の集会では限界集落とそれほど顔ぶれは変わらないであろう。
今回のシンポジウムでもこれからの農について素晴らしい話をしているのに、参加している農業者で自分のような人はまずいない。
“ごはん”の値段はどのくらいなのか、ご存知だろうか。
茶碗1杯が約60gらしい。我が園のお米の60gの値段は25.2円(いつも買っていただいているお客さんの値段)。これに水代・電気代・炊飯ジゃー代を足すと、約29円
ポッキーに換算すると・・・6本。ポテチだと8枚半?
ごはんって、安い。
このような話し以外にも小学校で始まった弁当の日などの食育に関する話しも聞けた。
このシンポジウムは昔は農業生産力や収益性などの農業の話しが主だったらしいが、時代の流れに早くから乗っているらしく、すでに食育など多岐にわたっていた。
このような会に参加しなければ絶対に聞けない話しが盛りだくさんだった。
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DDT
- 2009-05-14 (木)
- 農業
先日、納屋の奥、農薬が山積みされているところを片付けていたら発掘してしまった。
DDT
自分はただ本や授業で知っているに過ぎない。つまり先入観しかないのだが、どうやら想像を絶するものらしい。
しかし、この農薬が登場した当時はどんな害虫をも相殺してしまう、万能薬的な存在だったようだ。
この薬が出てきたと祖母に話すと当時のことを教えてくれた。
それは、祖母がまだ小学校の頃、シラミが沸いている頭にDDTの粉剤をふりかけ、下校後に洗いなさい。というもの。
下校中の小学生の頭は真っ白になっていたらしい。
と、ここでウィキペディアで検索してみると驚くかな、現在でもマラリア対策として発展途上国で使用が認められている。シラミ対策の事も明記されている。
スリランカではDDTのおかげで250万人の死者が31人になった。その後、DDTの使用が禁止されてまた250万人に逆戻り、その後の2006年にWHOは限定的に使用を認め、死者は減った。(ウィキペディアより)
レイチェルカーソンの沈黙の春にも取り上げられていたDDTだが、環境への負荷の点からすれば間違いなく負であろう。しかし、250万の人の命を救っていることも事実である。
これは単にDDTだけの問題ではない。他の農薬や化学肥料も実は同じなのである。
現在までの食料の増産ができてきたのは紛れもない農薬や化学肥料のおかげである。これだけ人口が増えても、食べものが余っている日本の現状。
貧しかった先祖が一生懸命に働いてきた土台が、自分の足元にはある。まず、単にこのことに感謝したい。
そして、これから変わる。我々はDDTの上に立っている。
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