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農業 Archive

畑を見せない

今年卒業した後輩に、実家で父とイチゴ作りを一緒にしている後輩がいる。

そこのイチゴは普通では考えられないほどの収穫量、通常の4倍ほどを上げているらしい。

後輩の父は若い頃はいろいろ試行錯誤を繰り返し勉強したそうで、だから今があるのだそうだ。

年をあけてから後輩に畑を見せてほしいとメールしたところ、返ってきた言葉にある種の衝撃を受けた。

それは「基本的に人には見せていないから無理ですね。」と。

普通、農業者であるなら自分の畑を見せるという行為は、面倒ながらまぁしぶしぶながらにせよ引き受け、実際に見に来たときにはいろいろと自慢をしたくなるもの。

しかし、畑とはその人の技術の集大成がそこにあるのだ。

その技術を惜しげもなく披露するということは、たとえば特殊な技法で作られる成品の企業秘密の部分をみせることと同じではなかろうか。

たしかに、農業は畑を見ただけで簡単にわかるものではないのだが、その自分の技術を簡単に見せるほど安くは無い、と言わんとしているのではないかと、自分は思う。

みかん農家の人にも、農業者は自分の技術を他人に簡単に教えすぎだ、と批判する人もいたので、そういった考え方もあるのかとは思っていた。

いままで教えてくださいとその人のところにいくと惜しげもなく教えてくれることが普通になっていた時もあった。

今回の後輩の一言は、そのことを如実に表してた。

もちろん、畑を見せないようにしているのは後輩の父の方針なのだろうが、そんな父親の元で一緒に農業ができることが羨ましく思ったりもする。

農は一人ではできない

先日、お米の配達にうかがった際に、お宅にお邪魔させていただき話をしていた。

その方は以前、奈良県で幼稚園の園長さんをされていた方で、園児の農業体験などでお世話になっていた青年の農業者がいたという。

その方は私のような新規就農者で頑張っていたそうだが、周りの農家から意地悪をされるようになり、ついには農業を辞めてしまったという。

先進的な農業のやり方ではあったが、それが周りの農家からは認められず、看板を立てるにしても周囲の人たちへの配慮が足りなかったのか、除けるように言われたり、保育園バスが来たときには農道で邪魔になったのか意地悪をされていたという。

詳しい話は聞かなくても大方のところ、見当がつく。

それは、その青年が農業というものが日本においてはどれほど地域性が必要な事かを理解していなかったのではないのかと思う。

そして、それを教える周りの農家がいなかったのではないか、と。

今現在、農業を志す若者を欲しているのはどこの農村地域でも同じだ。だから、この青年もある意味では先進的な農業で地域を活性化しようと意気込んでいたのかもしれない。また、それを応援していた方々も少なくないはずだ。

しかし、農業をする以上、守らなければならないルールがどうしても地域には存在する。一見すると、古臭くて面倒な人間関係や、無駄だと思われる出事の数々。

これらを守ることと、今までの常識にとらわれない農業をすることとは違うということだろう。

かくいう自分も周囲の農家からしてみれば今までの常識からは考えられないことをしてる。そのため、なるべく自分は周囲の迷惑にならないように最低限のマナーは守っている、つもりではある。

それでもなかなか自分のやり方を貫くということは地域の中の農業であるだけに難しい。

農と農業

百姓と称して農業を始めた。しかし、農業と農とは違った。

ちょっとしたショックだった。しかし、それが今でも正解ではない、正解なんて存在しないと思えて仕方が無い。

img_36929月18日にアクロス福岡で行われた農文協シンポジウムで宇根豊氏の講演があったので参加してきた。

宇根さんは先日の阿蘇で行われた有機農業技術研究大会にも参加されていたのだがおめにかかれずじまいだった。

宇根さんの話は一言でいって面白い。子供目線のなぞなぞは大人でも知らないことだらけの自然の不思議がいろいろでてくる。それも、いつも仕事をしているときにも起こっていることなので、どれだけ自分たちが農の目線でなく、農業の目線で仕事をしているのだと気づかされる。

宇根さんはNPO法人「農と自然の研究所」の代表である。このNPO法人は設立して10年目となるらしいのだが、この法人が設立された目的を10年かかっても成し遂げられないときはもうどうしようもないだろうと話されていたそうだ。

その10年が来年の春に終わり、これから研究所がどうするのかを発表するという。

私は研究所の10年間がどのように経緯していったのかは知らないが、講演の最後に宇根さんがおもむろに発した「これからどうするのか来年の春に発表します。」という言葉には思い気持ちがこもっているように感じた。

宇根さんは何かを変えようと、何かを伝えようとされていた。その気持ちがどれだけ達成できたかは知らないが、すくなくとも自分のものの見方に大きな影響を与えた。

今までいろいろな影響を受けたが、どの影響もあてずっぽうに受けてきたわけではない。極自然と自分の気持ちに誘導され、影響を受けてきた。

だから、自分の受けた影響が他の人にも影響を及ぼすとは限らない。むしろ自分が望む影響以外の影響をを受けることはまれである。

結果的に自分のオリジナルはいろいろな影響の結果であるが、自分にしかできないことが必ずある。

生育調査

img_3346植物は毎日、昼も夜も呼吸し、成長している。ぱっと見たその瞬間だけでは動いているようには見えないもの。

かといって時間を置いてみてもなんとなく変わっているのはわかるという程度。

なにが、どのくらい変わったのかということはなかなか判別がつかない。

そういった植物の変化をわかりやすく、数字に換算することで、その植物がどのような生長をしているのかを知る手がかりになるのが生育調査だ。

稲の場合はとてもポピュラーだといえるだろう。

草丈、葉の幅、茎数、葉の数(葉齢)を数え、定期的に記録しておく。

そうすることで、一定期間でどれだけの成長をしたのかがわかる。たとえば、先週は5cm伸びたが、今週はさらに8cm伸びたということがわかれば草丈の伸び方は今週のほうがよく伸びているとわかる。

このことからわかることはいろいろあるが、田植え後で根が切れた状態で植えられた苗から新しい根が出てきて、十分活着し成長をしだしている、と予想される。また、去年の同じ時期とはどうなのか比べることで、去年より天候が良いために活着も早いようだ」などと思える。

植物の状態を知る上で、まずできるはじめの事だといえる。

わかりにくいが写真の稲の後ろに竹の目印があり、個体を見失わないように挿している。

九州・沖縄地区農業青年クラブ リーダー研修会

ここ数日、ブログの更新ができませんでお詫び申し上げます。

なにを隠そう、先日の月、火曜日に四国の石鎚山に登りまして、神秘と触れてきました。

そのために、前後日は田圃の仕事やお米の配達等、しわ寄せする感じで動いていました。

また、次の土日も休みを取らせていただきまして、山口までキャンプに行ってまいります。夏の休みをすでに取る形ですが、やはりたまには生き抜きも必要ということですか。自分で言ってしまっては元も子もないんですが。

img_3276そんな中、最近の百姓にもいろいろな出事がありまして、農業青年者クラブ(通称4Hクラブ)の九州大会が吉塚でありました。

もちろん初めて参加するのですが、今回の講師には関東よりわざわざ来てくれました、みやじ豚の代表取締役でもあり、農家のこせがれネットワークCEOでもあります、宮治勇輔さんのお話を聞いてきました。

以前、知人より農家のこせがれネットワークなるものの存在はきいていたのですが、まさかこんなところで代表さんに会えるとは思っても見ませんでした。

宮治さんは農業専門のプロデューサーといった感じで、関東でお仕事をされているため、九州にはない大都市圏での農業事情を感じました。

今の農業ブームの真ん中を走っておられる方で、こんな方と知り合える機会もなかなかないためいいところに参加できたものだと、有り難く感じました。

「ゆれる現代社会を『農』から立て直す道筋を考える」

先日、福岡市天神で行われた九州農文協主催のシンポジウムに参加してきた。

改めてシンポジウムの題を読み直し、シンポジウムを思い出してみると、実際のところ現代社会を立て直す以前に、現代の「農」自体の諸問題が山積み、というふうに思い出される。

シンポジウムの最後に行われたディスカッションでは農の問題の話しがほとんどだった。半ば口喧嘩のようになっていた減反政策や後継者問題についての論争も、西日本新聞社の記者の方がうまくまとめて(話しをそらして?)くれた。

前半に行われた基調講演、熊本大学文学部 徳野貞雄教授の話しでは現代の農業の根底を支えてくれている人が兼業農家であり、一番農業者が多いのは役所であるという現在の状態を提起。

棚田を守る取り組みを例に、現代の農の問題の取り組み方が昔のままであるという。棚田を守るということは良いのだが、これを文化的価値が高いからと、補助金によって街から人手をよび管理作業を続ける。これにより棚田は守られたのだが、根本的問題の解決にはなっていない。

それは、限界集落の存続である。棚田は守れた、しかし集落はつぶれた、という結果。農地はそこで農業を営む人がいてこそ本当に維持されるというのではないか、というのが徳野教授の問題の捉え方だったのだと解釈した。

我が集落もある意味限界集落の道をたどっている。宗像も都市近郊でありベッドタウンとして人口も増えていることだろうが、農業者は高齢化するばかり。地域の農業者の集会では限界集落とそれほど顔ぶれは変わらないであろう。

今回のシンポジウムでもこれからの農について素晴らしい話をしているのに、参加している農業者で自分のような人はまずいない。

“ごはん”の値段はどのくらいなのか、ご存知だろうか。

茶碗1杯が約60gらしい。我が園のお米の60gの値段は25.2円(いつも買っていただいているお客さんの値段)。これに水代・電気代・炊飯ジゃー代を足すと、約29円

ポッキーに換算すると・・・6本。ポテチだと8枚半?

ごはんって、安い。

このような話し以外にも小学校で始まった弁当の日などの食育に関する話しも聞けた。

このシンポジウムは昔は農業生産力や収益性などの農業の話しが主だったらしいが、時代の流れに早くから乗っているらしく、すでに食育など多岐にわたっていた。

このような会に参加しなければ絶対に聞けない話しが盛りだくさんだった。

DDT

img_3005先日、納屋の奥、農薬が山積みされているところを片付けていたら発掘してしまった。

DDT

自分はただ本や授業で知っているに過ぎない。つまり先入観しかないのだが、どうやら想像を絶するものらしい。

しかし、この農薬が登場した当時はどんな害虫をも相殺してしまう、万能薬的な存在だったようだ。

この薬が出てきたと祖母に話すと当時のことを教えてくれた。

それは、祖母がまだ小学校の頃、シラミが沸いている頭にDDTの粉剤をふりかけ、下校後に洗いなさい。というもの。

下校中の小学生の頭は真っ白になっていたらしい。

と、ここでウィキペディアで検索してみると驚くかな、現在でもマラリア対策として発展途上国で使用が認められている。シラミ対策の事も明記されている。

スリランカではDDTのおかげで250万人の死者が31人になった。その後、DDTの使用が禁止されてまた250万人に逆戻り、その後の2006年にWHOは限定的に使用を認め、死者は減った。(ウィキペディアより)

レイチェルカーソンの沈黙の春にも取り上げられていたDDTだが、環境への負荷の点からすれば間違いなく負であろう。しかし、250万の人の命を救っていることも事実である。

これは単にDDTだけの問題ではない。他の農薬や化学肥料も実は同じなのである。

現在までの食料の増産ができてきたのは紛れもない農薬や化学肥料のおかげである。これだけ人口が増えても、食べものが余っている日本の現状。

貧しかった先祖が一生懸命に働いてきた土台が、自分の足元にはある。まず、単にこのことに感謝したい。

そして、これから変わる。我々はDDTの上に立っている。

僕の日曜日。

img_29742今日は出方。ちょうど1年前、ういういしくも地域の出事に初めて参加したあの日からちょうど1年が経った。早いもので・・・

あの時もよい天気だったことを覚えている。今日のほうが気温は高く夏日となった。

空と水面の青にはさまれる、目の覚めるような雑木林の緑。

img_2977午後から、知り合いの農家がぼかしを仕込むということで見学に行ってきた。

写真は原料を撹拌し、排出しているところ。この撹拌機はドラムを横にして、ドラムごと回転することで撹拌する。

原料は米糠40kg、魚粕10kg、いりこの粉末等など。これに竹やぶから採取した菌(土着菌)を10Lの水に溶いて、撹拌。よく混ざったものを袋に密閉して2週間養生。その後、固まったているので、ほぐして肥料として使用する。

このやり方は嫌気発酵のためあまり熱はでずに、切り返しをする手間がない。しかし、嫌気発酵は時間がものすごくかかるため、完全に発酵してしまうまで2年かかると、肥料屋さんはいっていた。

ここの農家さんは川上農園といい、もぐらみかんという名でみかんを販売しておられる。宗像では結構有名。

川上さんちは変わっていて、すごいいろいろな人が集まってくる。中にはみかんちぎりのお手伝いをボランティアでしておられるという方まで。

園主の川上直之さん曰く、「いろんな人がきて、ワイワイするのがすいとーと。」

とっとーと、ではないが、直之さんの人柄が、いろいろな人たちを引き寄せるのだろう。

麦秋

img_2970麦に秋の季節が来た。

植物は多年草であれ、1年草であれ、自分の生きる季節を知っている。時期になれば自ら枯れ上がる。

まるで、自分の運命を知っているかのように。1本もまだ生きたいと思っていないのかいっせいに黄金色になる。

人にもそんな時があるのかもしれない。作物の場合は、遺伝的にほぼ同一人物であるなら、人は多様性に富んでいる分、その時もまちまちなのか。

人為的に人の遺伝子を優位なものだけに均一化するような、SFの世界がやってきたとき、いつか人も麦のように一斉に秋を迎えるのかもしれない。

電子技法ならびに電子食品

あまり安全・安心な食品ですといっているようには思えないネーミングだと思う。

先日、宗像有機農業研究会にてぼかし肥料の工場を見学した後、そこで生産されているぼかしを使っているという農家のナシ園を見学させて頂いた。

そのナシ園の園主さんは、電子技法と呼ばれる方法をされていた。電子技法とは「炭素(炭)と水(電子エネルギー水)と空気を活用して土を健康にし、光合成の働きを高めて栽培する方法です。」と、紹介されていた。img_2813これは、樹齢約70年らしい。順調に行けばこの1本の成木が、1000個以上の実をつけるそうだ。

炭焼きは天下のたのしみ

4月3日のブログに籾殻燻炭を作ったことをあげた。以前から現代農業に「炭焼きは天下の楽しみ」というコーナーがあり、籾殻くん炭の簡単な焼き方を紹介していたことは見た記憶はあったのだが、どの巻のどのページだったのか記憶になかった。

そこで、以前から登録しようとしながらも、その値段に踏ん切りがつかなかったルーラル電子図書館なるものに思い切って登録した。

ルーラル電子図書館とは、農山漁村文化協会が刊行している書物をインターネット上で有料で閲覧できる、いわばネット図書館である。

早速、籾殻くん炭の焼き方の方法を検索してみると、まるで本を読んでいるかのように図や写真つきで閲覧できた。通常、本として現代農業を読もうとすると300ページからなるため、自分に必要な情報を探すのに苦労する。

しかし、この電子図書館はキーワードで検索するだけで、とても貴重な情報を簡単に入手できる。これこそ、まさに情報化社会だ。

農業の技術とは、今までは人のやり方を見て学ぶ、が当たり前だったし、これに間違いはない。しかし、この情報入手の手軽さは、この1年間農業をしてみて、やり方、仕方を知っているかどうかの重要性を身をもって知った自分にとっては、ある意味ショッキングといってもよい。

もっと早く登録しておけばよかった。

本題に戻すと、以前写真であげた炭焼きの方法は、焼いている時間中ずっと手が空かない。しかし、ドラム缶を使った簡単な焼き方が紹介されていた。

どうやらこの方法なら火をつけて、数時間は離れていても大丈夫な様だ。おまけに竹炭も簡単に焼くことができる。竹酢入りもみ酢も取れる、そう考えただけでもすごい発明だ。

構想しているだけで、ワクワクしてきた。

やっと天下の楽しみというわけがわかった気がした。

二条大麦

img_2747一般的にはビール麦と呼ばる。最近になり出穂してきた。麦畑を遠めに見ると、黄緑色をしたのがビール麦で、まだ穂が出ておらず、緑が濃い麦は小麦だ。

水田の裏作作物として栽培されているが、現状は補助金が出なければ栽培されないようになってしまった作物。

昔はどの地域でも水田の裏作として、栽培されていたのだが、海外から安価で大量に輸入されるようになっため、日本では補助金をつけて栽培を助成している。

なぜ、わざわざ補助金をつけてまで日本の高コストで作る必要があるのか。これは、単に日本の食糧自給率という数字のためにやっているのではない。

しかし、その意味も曖昧になってしまう。それは補助金だけが目当てであるがために、麦の栽培に誰も気持ちが入っていない、と自分は感じる。補助金が栽培面積あたりででるため、おいしい、安全な麦なんて作っても関係ないようになってしまう。

草刈りが面倒なため、麦のすぐそばの畦でも除草剤ではいOK。麦が除草剤の影響でちょっと枯れてきても雑草が暴れなければ問題なし。

そんな麦がビールとなり、農家を含めた一般人の口に入る。これでいいのか。

青空キャビン付きトラクター

img_27312年ほど前の自分が大学を卒業するちょっと前に、祖父が新古車のトラクターでキャビン付きでお手ごろのがあると、言っていたことがあった。つまり、息子が帰ってくるときには新しいトラクターに乗せてあげようとするありがたい親心だった。

しかし、自分は電話で聞いた瞬間にNO!っと叫んだ。

1台数百万円もするトラクター、一度買ったら10年、15年以上はもつ。自分が農業を始めて、どの程度のクラスがよいのかなど、いろいろ自分で決めたかったためだ。

実家に帰ってきた去年からも、メーカーの販売員の方がいろいろと案件を持ってきていた。「1度でいいから試乗だけでもしてくれないか」と。

どんなに進められても買う必要がない。だって、まだしっかり働いてくれるのだから。

この時期のさわやかな風がとても幸せな気持ちにしてくれる。風向きによっては排気ガスや砂埃をかぶるが、それもご愛嬌。

写真、トラクターの先端についているのは肥料ふり機械。今日、やっと田圃にぼかしの散布が始められた。

環境保全型農業技術研究会

img_2681環境保全型農業技術研究会に望むことはなんですか?との質問に 『出会い』 と書いた。

4日と5日に渡って母校である東海大学(旧九州東海大学)で片野学教授が会長を務める研究会に参加してきた。すでに今年で15年目となるそうだ。

会則【目的】 この会は、生命尊重の思想に立脚し、環境の保全に貢献する農業技術の交流、開発、研究、普及をはかることを目的とする。とある。

この研究会はほんとに異色である。まさに変わり者の集まりといえる。会長の教授は、以前岩手大学の所属のころに有機農業について研究したいといったときに、周りから言われたことは、「農薬や化学肥料を使わないで、生産性の低い農業の研究を、税金を使ってするのであるなら国賊ものだ。」とまで言われたことがあるそうだ。

今回、行われたのは、年に1回の総会である。2日目には大学の近くの農家で、圃場の現地検討会が行われた。

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農業体験農園

今日の農業新聞の1面の記事。日本農業賞集団組織の部大賞に選ばれた農業体験農園の人の記事があった。

題は「夢語って形にしよう」というもの。

農業体験が楽しいのは、「農業」ではなく、「農」が楽しいのだ。また、農業に興味がありますと、派遣切りにあった人がテレビで就農の意欲を語っていた。これも、畑の中で汗をかき、自然の風を感じるという「農」の一場面を思い描いているのではないだろうか。

たしかに、「農」は楽しい。自分もその楽しさを今も、阿蘇でも十分味わってきた。

「農」が楽しいのはさることながら、さらに「農業」も楽しくあるべきなのではないだろうか。

体験農園で体験するのは「農」の楽しさ。これはこれで、とても良いことだと思う。自分も近いうちに体験農園をやってみたいと思っている。本当は、そのことを書こうとしていたのだが、考えているうちにかきたいことが段々変わってきた。

自分が思うのは、体験して楽しい「農業」である。この場合の農業とは、生業としての農業の意。

つまり、生活ができるだけの収入を得られる農業の体験である。

一般的な体験農園では、お金を払うことで畑を耕したり、種を撒いたり、収穫したりする。

自分の思い描く農業体験は、耕して、種を撒き、収穫し、販売することで収入が得られる農業の体験。

そんな本格的な農業が体験できれば楽しいだろうなぁ。まぁ生活ができるだけの収入を得られるとはいかないにしても、ちょっとした小遣い程度になれば、やる気もでる。お客さんとのつながりができる。そうなることが「楽しい」になるのではないだろうか。

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