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否定などできない

人の意見を否定などできない。

人それぞれに思うことがあり、その核は人それぞれである。

それが個々のアイデンティティーを認めるということで、だれも他人を否定などできないのではないだろうか。

違う、とそのこと自体が違う。

「それは違う」とよく言う言葉だが安易には使いたくないと思った。

人が死ぬとき

人はいつ死ぬと思う?
心臓をピストルで打ち抜かれたとき。違う!
不治の病に冒されたとき。違う!
猛毒キノコスープを飲んだとき。違う!
人に・・・忘れられたときさ

 by Dr.ヒルルク

 

でも、人ってすぐに忘れる生き物なんだよね。だから、孫くらいがじいちゃんはすごかったらしいと思われるくらいの人になれたらいいな。

 

自分のやりたい仕事があるってのはうらやましい、といわれた。俺は自分のやりたい仕事があるっていうのがすばらしいと教えられた。そして、自分のやりたい仕事を他人が決めてくれたことに感謝したい。

思い通りにならないこの世の中

怒り、悲しみ、嫉妬・・・これらの感情は自分の思い通りにならないときにおきる。逆に幸せ、喜びは自分の思いと事が一致したときに生まれる(様に今思った)。この違いはなにか。「事」はいつでも同じである。怒られようが罵倒されようが人が死のうが、また尊敬されようが褒められようが物が手にはいろうがそれらはただの「事」(出来事)である。違うのはいつも思いのほうである。思いしか変わらない。思いを変えて一致させることが全てにおいてできるようになればいわゆる人格者ということか。

小林正観さんの考え方に一部アレンジしてみた。

人にはいろいろな人がいて、なんとも言い表せないが、なにか違うものを持った人というのは

歴史に名を残したり、

広く知れ渡ったり、

その人にふれただけでも違うものを感じる。

なぜ、こうも違うのか。

そして、自分はどうなんだろう。しかしまぁ比較することは馬鹿だろう。

自分はなんのために生まれてきたのか。

これらの人たちは何で存在しているのだろうか。

才能

『俺には~をする才能はなかった』といって自分の好きなことに区切りをつけることは自分のしたいことだけをやっていくわけにはいかない、できないからやめる、もしくはそれをするのが好きだとしても寝てもさめてもそれだけをやり続けるほど好きでもないだけだと思う。

 

がしかし、これといって自分にそういったことがあるわけでもないし、そういってあきらめた事もない。むしろ、そこまで夢中になってするようには自分の性格からいってこれからもそう大してないと思う。

むしろ、広く浅くの自分の性格がやっぱり自分であると思う。

友達には深くあれと心のどこかで望んでいるのに。

よくある自己啓発より先人の知恵

「ソース」というアメリカ人著者の本を読んだ。

このソースに従えば問題なく充実した人生が送れるだろうと感じた。

しかし、それはある種の洗脳を問題なく受けることができれば、であるとも思う。

『自分の存在意義とは何か』

一番心に響いた質問だった。しかし、この質問をすること自体がすでに洗脳(他力)であると知らされたときにはなかなか受け入れられなかったが、まぁこの世の中そんな他力が全てであると教えてくれているのだろう。

 

自分の存在意義などないらしい。

難しいことはわからないがそこに存在意義を作り出すのは構造社会の賜物だと。

 

そして最近よく自分の意識の中で出てくるのが先人(故人)の教えである。

歴史的なことに疎いと思っていた自分が最近になって気になるようになってきている。

はて、なにから手をつけようか。

 

先輩に会う

今日、農業の先輩とするおいちゃんに会いに行ってきた。

目的は本来は農業の計画の立て方などの実践的な分野を聞くためだったが

結局そういった話にはならない。もともとそういった話をするひとではないのだろう。

もしくは、自分がそこまで到達していないかである。

後者のほうが強いと思う。

そこまで到達していないというのは、今そのことを考えるときではないということ。

現在自分は学生であり、卒業後のことは卒業後考えればよいと自分を納得させたかのようだが。

したくもない実験をしなければいけない時である。

これもまた自分を言い聞かせる、納得させるだけのものであるのは言うまでもないのだが・・・

結局のところあせっても仕方ない、苦労したくなくても苦労しなければいけない未来、

その苦労が怖いから今から準備を始めたくなるのか、

したくもない実験をしなければいけないのはその怖さになれるためにあるのか。

ただ、今は一歩ずつやることをやるだけ。

 

アンテナを張り、バランスをとり、人生を信じ、必然な偶然を待つ。

 

川崎さんご夫婦、ありがとうございました。

現実

新しくなったブログになってからよく書くようになったのは

いまからでも農業に対する思いを綴っていったほうがいいのでは、という兄の言葉。

実際、なにをしていいのか分からない今はそんなことしかできないのだろう。

そこに現実をみると苦しくなる。

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