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職業:百姓

新米の刈り取りが始まった

 

 

8月下旬から稲刈り前にやっておかなければいけない仕事をなんとか間に合わせ、その忙しさのまま稲刈りが始まった。

9月23日から27日まで4日間続けて稲刈りで、昨日も雨で刈取ができなかったが籾摺りをした。

そして、今日。10月1日。宗像大社ではみあれ祭が行われ、フェイスブックのタイムラインにはあの人もこの人も祭のことが上がっている。

自分は稲刈りが忙しいこの時期は、夜にテレビのニュースで知る程度。

いつかは見てみたいものだ。

 

さて、今年の籾摺りには新しい機械を導入した。

色彩選別機と選別機。

色彩選別機はカメムシの食害による黒い粒を取り除くためだが、選別機は2台目。

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写真の左端に見えるのが籾摺り機で、この前に粗選機がある。

粗選機から籾摺り機、石取機を通り、1回目の選別機。この選別機は網目1.75mmでお米の厚みを選別する。

この1.75mm以下のお米は特に小さくほとんど青く薄っぺらいのが見て取れる。

この選別機の後に色彩選別機に入り、カメムシや籾を除去。

さらに2台目の計量選別機に入る。この選別機は網目1.80mmもしくは1.85mmで選別している。

先に1.75mmで選別してあるので篩いに落ちるのは中米(ちゅうまい)と呼ばれる1.75mm~1.80mmの間のお米。

全体的には青い米が多いがまだ十分食べられる見た目の米が多い。

お米の買い取り業者には、農家に1.85mmで選別させて、小米を安く買い取り、自分で中米を抜き取り精玄米に混ぜて販売している場合もあるらしい。

しかし、この若干厚みのうすい米も問題なく食べられる。

いままで1kg50円程度で買い取ってもらっていたがもったいないので自分で販売していこうと思う。

なぜここまでしようと思ったかというと、米ぬかの販売を始めてから思い知ったことがある。

それは無農薬の米ぬかを探しているという人が意外と多いこと。

今まで米ぬかは聞かれたらありますよ、程度で答えていた。しかし、きちんと脱酸素材を入れて販売を始めたところ、実に多くの注文をいただくようになった。

以前、東京で研修を受けたときに聞いた言葉に「売れない理由は売っていない」というものがある。

物はある、サービスはあるのにきちんとした形にして、きちんとした値段をつけていないだけで売れないのだ。

小米もしかり。

厚みの薄い米自体があるということが一般的に知られていない。

知られていないから売れないだけで、きちんと説明して、きちんと販売できれば売れるはずである。

中米という厚みの薄い米ができるのは稲の性質だからそれをきちんと伝える必要がある。

今度はその理由を書いていこうと思う。いつになるやら・・・

自分を言葉で表現する

今日は2件のイベントが入っていた。

一つは田植え体験をしたグループで、田んぼの草刈をして昼ごはんとして流しそうめんをした。

二つ目はその後に、天神のビルの屋上でペットボトルで稲を栽培するというグループの本場を見学するというもの。

どちらも簡単に自己紹介をして、現状の水稲を説明するのだがどうも上手くいっていないと終わって感じる。

自分では面白いと思う話をしようとしているが、おおよそ聞いているほうからすると専門的過ぎて聞いていてもチンプンカンプンだったろうと思う。

反省。

また、稲作を見学に来ているからと言って有機農業に興味があるわけでは無い人もいるだろうし、私自身有機農業が至上主義とも思っていないはずが、自慢話のようになってくると有機農業ができてすごい、有機農業があたりまえ、有機農業が最先端なんだというようなもののいい方になっていたように思う。

もう少し淡々と、現状をありのままに説明できるようにならなければいけないと思った日だった。

ちなみに、人が来るからと人目を気にして畑の草刈をしたら若干熱中症になった。

大豆 播種

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大豆の栽培は今年で5年目。しかし、今年も大豆は試験的な栽培にとどまっている。

理由、問題点はいくつもある。

まず大きな問題としてその採算。

1反あたり良品が100㎏と仮定して、1㎏あたり1000円だとしたら10万円プラス小粒の収入が少しあって、おおよそ13万円か。

稲の場合は反あたり300㎏の収穫。60㎏あたり30000円だとすると15万円。

こう見ると1㎏1000円で売れるのであれば無理ではなさそうだが、実際は無農薬で100㎏がどれだけ現実的な数字かはわからない。

「大豆 収量」で検索してでてきた農水省のデータにはここ数年の平均は1反あたり約160㎏~170㎏程度。

7割の生産量だと仮定すれば不可能ではなさそうだ。

播種したのは7月18日。

途中で種大豆がなくなったのでJAに行くと、入荷待ちで二日後に3反5畝の田んぼに播くことができた。

梅雨が明けて土がカラカラに乾いていたので田んぼの水を引き込み、種の発芽を促した。

入水していた時間は4時間30分程度。

玄海で大豆も作っている先輩農家に、発芽のために水を入れてもいいかと聞いたが、大豆は播種直後、24時間湛水していると、極端に発芽不良を起こす確率があがるそうだ。

そのため、通常の農家は発芽してこないことが心配なので、雨が降らずに土がカラカラに乾いていたといっても水を溜めるようなことはしないようだ。

去年は8月1日に種をまいてからほとんど雨が降らずに、大豆の発芽が遅れたという経験をもとに、播種後に水を4時間30分入れた。

排水をしっかりととっておけば、水が溜まることはないので今のところ順調に生育しているようです。

 

無農薬・無肥料のお米で酒を造る

もう何年も前から酒米を育てて酒を造ってみたかった。

私はアルコール分解酵素をほとんど持ち合わせていないので、ビールでも50ml飲めば眠くなってしまうくらい。

それでも日本酒の味くらいはわかるもので、アルコールを添加してあるものはすぐに頭が痛くなる。

阿蘇の無農薬無肥料米で造られている天祥地瑞を飲んだ時は感動した。

造ってみたいと思ってはいたが、酒米を作ってもそれを酒にすることを計画していなければ酒になることはないわけで、そこのところの話が進んでいなかったので今まで後回しになっていた。

そこで、来年には作りたいと思い、今から酒造りの話もまとめてから来年の種を買い付ける算段を今からしようと思った。

そもそも、やっぱり作りたいと思ったのは、この光岡の田んぼで無農薬栽培が広まるにはどうしたらよいかを考えていた時にでたアイデアだった。

それは、無農薬で酒米を作り酒屋が決めた値段で買い取ってくれるということが決まっていれば、回りの農家も賛同しやすくなるのではないかと思った。

私がいくら無農薬で稲をつくることができても、周りの農家が真似をしないのは同じ値段で自分も販売できないのであれば、危険を冒してまで真似はしない。

しかし、先に買取値が決まっていて、やれば売れることがわかっている、儲けることができるとわかっていれば賛同してくれるのではないかと思った。

そして、この無農薬無肥料での酒米作り、酒造りを環境保全と町づくりを兼ねて宗像市で後押しできる形にもっていければ輪も広がるのではないか。

活動をクラウドファウンディングのように出資者を募り、できた酒が返ってくるというような方法も面白いと思う。

こんな活動をブランディング、プロデュースできるような人を募集したい。

9回目の田植えから早3週間

最近はSNSの台頭と、子供との時間を大切にしたいということからブログの更新が滞っていた。

しかし、初めて私を知った方がウェブサイトやブログを読んでくれて、農業のことや考え方のことなどのアイデンティティーについて知ってくれる場合があるが、SNSを見て福島光志のそれを感じ取ることは少ないようだ。

というか、正確にはSNSからはアイデンティティーを感じにくいのか、書いている内容がそれを感じ取れないような上っ面のことが多いのか。両方か。

というわけで、ブログの大切さを改めて感じているため、久しぶりに書くときはやはり稲のことを重点的に書きたいと思う。

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写真は、教育大学の先生から譲っていただいた福岡正信が育種したという品種、福岡1号もしくは2号。

通称ハッピーヒル。

品種の登録は1号と2号で2品種あるそうだが、種を引き継いぐにあたり区別がわからなくなった、もしくは片方が消滅してしまったそうだ。

品種の特性は極めて分げつが少なく、穂は短いのにびっしりと籾をつけるそうだ。

まるで稗のような穂の付き方だと私は感じた。また、茎は固く倒伏しづらい。

稲の専門家でもこんな姿の稲は見たことがないというそうだ。

このハッピーヒルをセルトレイで1籾ずつ播種し、30センチ間隔の1本植えにした。

詳しくは知らないが、自然栽培ではこの間隔で田植えをするということを聞いていたので同じようにしてみた。

普段見ている稲と違うのは、下葉からの分げつが開帳型で伸長している点だ。

通常のマット苗と呼ばれる苗では本葉1枚目と2枚目の間から発生するはずの分げつが退化するが、セルトレイの1本植えでは退化せず、分げつが起こっているため、開帳する。

1本植えをした場合はただでさえ普段見ている稲より力強く感じるが、ハッピーヒルの本領はここから違ってくるのではないかと期待してやまない。

 

今年は新しくつやおとめという玄米でおいしい品種というのも栽培している上、ハッピーヒルもどんなお米になってくれるのか楽しみで仕方ない。

種取りだけになるがササニシキも少し植えたし、そんな9年目の稲作、穂が出てからは穂肥の試験をする予定で、今年の秋は楽しみが多すぎる。

 

排水路の補修

 

 

 

 

 

もうブログを更新しなくなってある程度時間が経つがたまに「ブログみてます!」という嬉しい声を聞くとやっぱり記録してきてよかったと思える。

3月下旬から田んぼの耕運を始め、おおよそ8割ほどは鋤いてしまい、今日はまとまった雨。

2月の百姓三昧だよりで募集した精米作業を手伝ってくれる人も無事に見つかり、精米もほぼ任せておけるようになった。

そのため、2月は精米・発送作業だけで過ぎて行った月にくらべ、3月はとても仕事が進んだ気がする。

そして、気がつけば桜が咲き、気温も高くなってきて土手の草も伸びてきた。

この雨が止んだら草刈週間の始まりだ。

その前に一つ、水路の補修をしなければいけない。

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周囲をコンクリートで囲まれた田。

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排水路は田面から50cmほど低いところに道路を横断する形でパイプが設置されているが、枡?の底面にコンクリートがされていない。

昨年の栽培中にオーバーフローした水の流れで底面の土がえぐれ、関板の下から水が湧き出るようになっていた。

そのせいで田んぼの土をいっぱい流されてしまい、大きな穴が開いていた。

このまま今年も田んぼにすると水道ができているのですぐに穴が開くため、底面にコンクリートを打つことにした。

久しぶりの左官仕事になるも雨で延期。

特にオチもなにもないけど、こんな仕事もきちんとこなしていかないと、いざ種を播いてからでは遅い。

そういうことが言いたいだけでした。

イメージ

武井壮が陸上5種競技の元日本1位であることは知っていた。

彼は5種それぞれの種目においての練習はあまりせず、意識して練習していたのは「体を自分の思うように動かすこと」だったそうだ。

自分の体を自分の思うように動かすことが出来れば、どんな種目でも自分の体をフルに動かすことができ、最高のパフォーマンスを発揮できるというのが彼の理論だそうだ。

納得。

それ以外にも、事故で医師から下半身不随の宣告を受けたにもかかわらず、

「ストレスで胃潰瘍になるくらいだからイメージすれば治る」と本気で思い、2週間で退院したそうだ。

本当かどうかは知らないけど、イメージすることがどれだけなことなのかを改めて知った。

少し前は「思考は現実化する」が座右の銘のように思っていたのに、最近はイメージすることを意識的にしていなかった。

しかし、ネガティブ思考が根本の自分は、ポジティブ思考の武井壮と同じ行程は辿らないようだ。

ポジティブからみればひねくれているといわれそうだが、それも個性だ。

自分にしかない思考回路だからこそ、自分にしか出せない答えがある。

出てくる答え、はたまたその過程をもっと意識的にイメージしようと思ったエピソードだった。

 

 

新年につき

ご無沙汰のブログになってしまった。

一時はフェイスブックに注力していたためかブログを書くことがなかったが、最近はブログはブログでログ(記録)を残すということも必要なのだと思い、常々書こう書こうお思っていた。

でも、やはり年末はありがたいことに忙しく、新年4日目にして正月気分も抜けてきたので筆を取ったというところ。

新年最初のブログというと、目標などを書きそうだが、最近は目標を立てないという思考になった。

目標など立てなくてもやりたいと思うことは時間がなくてもやるし、やりたくないことはむしろやらないほうがいい。

こうならなければいけない、こうあるべきだという観念も捨てたい。

社会的に望まれている人間の在り様は、あくまで社会的に貢献度が高い人間を、自然に社会全体が望んでいるだけであり、個人の特質などなにも考えてくれてはいない。

そんなことを思っていると、フェイスブックでほりえもんがまさにこのことを言っていたりするのが流れてきた。

自分よりも分かりやすく、的確な言葉で。

そんななか、NHKの教育番組でギークハウスなるものを知った。

シェアハウスのような形態であるが、社交辞令のような食事を一緒にとるなどということも縛りがなく、人間的に似ているもの同士がゆるく集まるところという感じ。

紹介されていた人物には週2日働き、5日休みで月に5万円の生活費だそう。

独身で家賃2万円だからできる生活。

彼の言い分ではやりたいことをする人生では週休2日はたりないという。

ここが私にはグッときた。

前提として仕事というものがやりたくないけど生活のためにするもの、ということがあるのが間違いなのかもしれないが、皆が皆やりたいことで収入を得られるわけではないし、やりたいことが収入を生み出すものではないということも個々人で変わってくる。

私も高校生の時、集団生活がいやで仕方なかったが、ある程度の適応力があったために引きこもることも出来なかった。

お金にもならないやりたいことを本当にやるには週に5日くらいは必要なのだ。

そこで、私もいつかギークハウスなるものを作ってみたいと思った。

もちろん、2日働くのであれば畑で汗を流せばいい。

もしそれも向かないのであれば農業福島園の事務作業もあるし、ネットを活用した宣伝活動だってある。

ギークハウスも巻き込んだ農園にしていければいいなと思う。

まぁ考えただけでいろいろ問題もあるがとりあえずそんなことを思ったことを記録する今年最初のブログ。

8回目の田植えを終えて

今年も無事に田植えを終え、すでに2週間が経過した。

稲の葉は緑色が増し、これからどんどん成長していくことを伺わせている。

田植えまでの1ヶ月は休みなく仕事。田植えが終わって少し休みを取りつつも水管理は毎日欠かさず回っている。

その間、いろいろなことを考えた。

肉体的なつらさから精神的なつらさが連動して、ネガティブな思考回路が堂々巡りしていたように思う。

もちろんネガティブな感情が悪いというわけではなく、今の自分を客観的にみるきっかけになる。

本当にしたいことは何なのか、自分らしくあるにはどうしたらいいのか・・・

2週間

そんな感情は田んぼの畦を歩いているとどうでもよくなりただただ気分良くなれる。

今のところの思考の終着点として、なりたい自分になる。自分らしくいること、それ以上でも以下でもない感じ。

身の回りの物一つとっても、自分が欲しいと思ったものかどうかを判断しようと思う。

でもその前に、どんぶり勘定になってしまった現状を整理しよう。

 

苗の準備中

土ふるいがけ

 

今年の苗土で変わったのは採取時期。

今まではその年の2月や3月ごろにとってきていたが、今回採取したのは昨年の6月。

ぼかし肥料を混ぜたのが昨年の秋だがすでに半年以上経過している。

ぼかし肥料は有機物であるため、水分条件や温度、空気によって発酵したり腐ったりする。

有機農業の野菜は化学肥料で育った野菜より危険だ、などと言われることもある。

間違っていはいないが全てがそうというわけでもない。

有機野菜が危険な理由は畑に投入する有機物の腐敗が主な原因だと思う。

きちんと発酵しているぼかし肥料は食べられるほどだ。

要は有機質の肥料は化学肥料に比べ使い方を気をつけなければいけないということ。

今まで苗作りは一番苦労してきた。つまり、いろいろと失敗をしてきた。

一番の要因は、化成肥料ありきの苗の作り方にある。

少ない土に密植しているのが現在の一般的なマット苗と呼ばれる苗であり、化成肥料が無ければ順当な生育はおおよそ難しいのだから、有機肥料に置き換える場合にはそれなりの無理がある。

しかし、これだけの面積の苗を作るにはマット苗で田植えをする方法が一番効率的ではある。(直播を除いて)

ほかにもポット苗と呼ばれる育苗方法もあるが、苗の数が増えたり、専用の種まき木・田植え機が必要になったりと、初期投資だけで300万円以上はする。

ポット苗のほうが丈夫な苗が出来ることは明白なのだがそう簡単には変えられない。

それよりも現状の方法でより状態のよい苗を作れるようになれればよい。

そのためにいろいろと失敗をする。

今年はどんな失敗が待っているのかワクワクする。

ブルーベリーの花

BB花

4月中旬になり、菜種梅雨なのか、雨が多い日が続いている。

私が大学3年の時に、研究室のブルーベリーの花が、満開の時期に4日間雨が降り続いたことがあった。

この時開花した花の多くが病気にかかり、腐敗して実がなり止らなかったということがあった。

一番の原因は多湿による雑菌の繁殖なのだろうが果たして殺菌剤を散布することであの時の被害は防ぐことができたのだろうかと今でも思う。

根本的な原因は多湿ではなく、腐敗する原因は望まない菌が繁殖してしまう植物側の問題もあったのではないかと。

もちろん多湿という環境が腐敗菌の繁殖しやすい環境であることには間違いなく、腐敗したのもそもそも柔らかい花弁からだったので、4日間も雨が降り続くという普段ではない環境のため、病気にかかるのも仕方ないと思える。

しかし、こういう病気の場合、大抵は肥料が原因であることが多い。

ブルーベリーは酸性土壌を好み、研究室のブルーベリーはバークチップを大量にマルチングしていたので有機物の分解のために窒素を必要とする。

そのため、大量の硫安を散布することが多いが、その副作用が植物体の軟化ではないかと思う。

もともと軟らかい花弁が、さらに長雨で弱くなり、病気が入ってしまうのではないかと・・・雨が続くと昔のことを思い出す。

 

雑草という神草

ホトケノザ春になると自然と育ってくる草、一般的には雑草と呼ばれる。

写真のホトケノザも神妙な名前がついていながら春の野草であり、雑草と呼ばれることもあるだろう。

手に持っているものと、その隣に生えているホトケノザは同じものでも葉の大きさ、色が全く違う。

これは、ブルーベリーの畑に播いたぼかし肥料を吸って大きくなったものと、そうではないものの違い。

ぼかし肥料をブルーベリーの樹の周りに撒いたところ、野草が大きく育ち、その効能を教えてくれている。

野草

一概にこれがいいことであるとは思わないが、確かに効いていることは確か。

なぜ一概にいいことであるといえないかというと、こういう育ち方をした植物は体が軟弱で病気や虫が入りやすい。

そのため、目的であるブルーベリーの樹からは少し離して散布する。

そうすることで、周囲に草が生え、土を肥沃にしてくれる。

最大の目標は土自体が肥えることで、どんなものでも育ちやすい環境にすること。

だからブルーベリーから少し離すところに散布すれば、そこに向ってブルーベリーの根が伸びていく。

この畑も昨年は一面西洋タンポポが群生していた。晴れた日には黄色一色だったが、今年はホトケノザとオオイヌノフグリとタンポポの3色だ。

毎年、この春一番に伸びてくる草の種類が変わってきていることに驚く。

というのも、去年タンポポが群生した時、花が終わり一斉に綿を飛ばしたが、だからといって今年も同じようにタンポポがいっぱい咲くわけでもない。

タンポポの前の年が一面ホトケノザで紫一色だった。

毎年、春一番の草の種類が変わってきている。

これは、そこの土に今必要な養分を補うのに一番適している植物が生えるということ。

耕作放棄した畑がセイタカアワダチソウに覆われ、さらに放置しておくと樹が生えてきて森になることからも、植物はその地に合わせて種類が変わってくることが分かる。

感覚で伝わってくる野草の役割。

はて、自分の役割は・・・

 

 

 

春起こし

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春が来た!

今朝のニュースでは福岡市内は桜が満開だと伝えていたが例年通り宗像は2,3日遅く、朝はまだ3分咲きといったところだった。

しかし、日中は21度まで上がり、4月下旬なみだったそうだ。

日暮れ時には7分咲きくらいまで桜も開いてきていた。

そんな中、田んぼの耕起が始まった。
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先週からトラクターに乗り始めたが、トラクターを買って5年目にして始めて爪を交換しなければいけなくなった。

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通常では1年で1回か多い人は2回、爪を交換すると言われる。

それは耕す細かさや深さによって磨り減る速さが変わるため、人それぞれ。

私はほぼ4年間、純正の爪で耕起してきた。

1年間に2回、1回につき平均4ヘクタールの作業だとすると、合計32ヘクタールを純正爪で耕起したことになる。

トラクターの稼働時間は370時間だったが代掻きは別の作業機で動いているのでおおよそ300時間程度か。

これが他の人と比べてどうなのかというと、私は知らないがただ、どうやらずいぶんもっているそうだ。農機具の店長が驚いていた。

なぜ爪がもつかというと、田を耕す深さが5cmととても浅く、さらにロータリーが回る回転数が遅く、荒くしか鋤いていないからだろう。

田を鋤く理由は、草を絶やし代掻きしやすくするためであり、代掻きをする理由は雑草対策と田の均平を保つためだ。

春に耕し、水を入れて代をかくことで草が無い状態で苗を植えることが出来、雑草対策が簡単になることが目的である。

稲が健全にそだち、草が生えなければお米は収穫できるはず。

であれば、深く耕す理由や代掻き前の時点で細かくする理由はあまり無いように思う。

探求すれば根の伸びや微生物の違いなどもあるかもしれない。

なににしても、違いに気づく目を持ち日々感じていくことが上達していくことになるのだろうか。

運命

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私は大学生の時、大分のなずな農園の百姓、赤峰勝人さんと出会った。

そこで、2泊の百姓塾に参加し、サインをもらった時にこの言葉をもらった。

この言葉の意味を探求しようとしても、すぐに堂々巡りに陥る感覚がある。

それはそうだ。循環なんだから、と。

全てとは何か。

循環の中に、何があるのか。など。

ただ、この人に出会い、この言葉をもらったことから始まったのは確かなようだ。

確か、といいつつ不確かな「ようだ」をつけるところに循環している思考が見て取れる。

そして、この字に出会った。

これは妻の大学時代の友人に書作家さんがいて頼んで書いてもらった。

もともとは、お米の袋がなくなり、住所も新しくなったため、版を刷りなおして印刷する必要があったため、どうせ版を作るならいい人いないかなぁと思っているところに妻からこの人を紹介してもらった。

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だからもともとはこの屋号を書いてもらうためだった。

以前、農業福島園も次のステップに来たと思い、屋号を新しくしたいなどと考えていたが、特に思い浮かばずにいたため、変わらずにこの名前で書いてもらった。

こんなすばらしい字を書いてもらったのだからもう当分屋号を変えることは無くなった。

これが運命と言わずして何と言う。

 

おにぎり屋

おにぎり屋知人に天神で働く女性曰く、

「お昼はおいしいおにぎり2個とお味噌汁があれば十分」と。

私も妻がいない時や料理したくないなぁという時に、家庭のような、ある意味ちゃんとしたおにぎりとお味噌汁が食べられるお店があればなぁとつくづく思う。

この女性とそんな話をしたのは昨年の種蒔きに手伝ってもらった時だったか。

ファーストフードやコンビ二、お弁当屋さんなど、お昼を取るには事欠かない天神だが、実際にそこで働いている人の中には昼食のニーズは完全には満たされていないようだ。

なにもこれは物欲のほとんどがそろう街中だけではなく、片田舎の宗像でも同じである。

買って食べるものにまともなものが無い。

そんな話で盛り上がった今日は、そんな欲求に答える「おにぎり屋」を始める第一歩となった。

昨年の種蒔きの時点ではまだ家はできておらす、加工場がなければ食品の営業許可がなく話も進まなかった。

昨年に家が完成し、ようやく構想からの1歩がはじまった。

おにぎりのお米はどの品種が向くかや、具材、汁物。結局はどれも普通に作ればおいしいものだったという。

もちろんどこにもない1級のおにぎりを目指すなら料理人にならなければならないが、とりあえずまともなものを提供することを念頭に。

こだわりはお米や野菜は無農薬のもの。

塩は天然海塩。

海苔も上等なもの。

具材も化学調味料、保存料が使用されているものは使わない。

汁物もちゃんと出汁をとる。

そんなおにぎりがお昼にたべられたらいいなと思う。

 

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