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職業:百姓

ネガティブ思考というか悲観的というか

自分は基本的にそういったものの見方をする。

小さいときはよく周りからどう見られるか、見られているかを気にして学校生活を送っていたように思う。

中学・高校とカッコつけてるつもりで周りの目を気にし、本当は何がしたいのか、どうしたいのかがわからずにいた。

根本的には変わっていないが、気にしなくなったというより気にし方が変わったように思う。

周りの目を気にするという性格のまた更に下層に根付くところにネガティブ思考はある。

小さいときはそのネガティブ思考からくる、周りからの見え方が気になるという性格をどのように自分なりに表現していいのかわからなかったのだと、今になると思う。

ネガティブ思考が単に悪いというわけではない、ということははじめから思っていた。

悲観的にものを見るのは見方であって、言ってしまえば真理ではないということはわかっていたつもり。

ポジティブにものをみるとエネルギーが湧いてくる。

でも、その結果周りが見えなくなりがち。

直線的にものをとらえてしまうと本質を見落としてしまう、などという見方をするネガティブ思考はいつまでたっても楽しむことができない。

結局はどちらがいいなどということはなく、ものの見方が違うというだけ。

人は自分と他人との違いを認識することで感情が動く。

他人との間にものの見方に違いが出たとき、それは怒ったり喜んだりするより、楽しむという感情が持てれば楽になるのかと。

親孝行

自分はいくつかのメルマガやライン@を登録していて、毎日いくつかのメールなんかが届く。

大抵の場合は読む暇がないから題名も見ずにアーカイブしてしまうんだけど、冒頭の文章を少し読んで、面白そうだったら最後まで読んだりしている。

その一つに、にっくんという自由人の「1分で心が軽くなるメールマガジン」というものがあり、今日の題名は「最強の親孝行を発見した件」というもの。

子供は生まれながらに親が嬉しいと思ってくれると自分も嬉しくなる。

しかし、時に親の顔色ばかり窺って、自分の本当にしたいこと、進みたい道とは違うものを選んでしまう場合が少なくない。

超簡単に言ってしまうと、親を喜ばせることって、そんなに難しいものではなくて、久しぶりに帰省して家族でウノをしただけで満面の笑顔になることもあるよって感じ。

今、自分の息子が妻の顔色を窺って「これしてくれたら、ママ嬉しい?」とドストレートに聞いてくるようになった。

母親の笑顔は子供の幸せなんだ。

今、自分のことを振り返ってみると、意外にも自分の行動がこの原理で左右されていたのではないかと思う。

無意識のうちに、このほうが母親は喜んでくれるだろう、父親は喜んでくれるだろうという選択をしている。確実に。

しかし自分としては、自分がこっちがいいからこの道を選んだと思っているのもひとつあり、、親が喜ぶことが自分の喜びだと思っているのもひとつある。

にっくんが言いたかったことは、そんなに頑張らなくても親は喜ぶよ、というもの。

自分がこれに加え思ったことは、親が喜ぶこともまた、やはり自分がやりたかったことだったのではないのか、ということ。

後々振り返ってあれ、これ本当に自分がしたかったことなのか?と疑問に思うことでも、別に間違いではないんだよ、と。

有機農業をしようといつの間にか思っていた自分の職業も、これが親が喜ぶんじゃないかと無意識か意識的か、思っていたんだと今思う。

足元を固める

2018年が始まった。32歳の1年。

稲作11年目、無農薬では10年目。50歳で引退するならあと18年だから、29年中の11年目。

あと18回しか稲作はできない。意外と少ない。

50歳で引退と書いたのは実際に稲作の舵取りをして農業をするなら、という意味。

50になるころには後進の育成や品種改良や、林業や畜産業、加工業への展開を楽しみたいから、実労働が大きい稲作自体からは50歳くらいで引退したいと思っている。

そこで、あと18回しかないのだから、本当はこのやり方がいいはずと思っていることをやらずしてどうするのか。

それはみのる産業が開発したポット育苗での稲作だ。

稲は本来、本葉1枚目から脇芽を出すが、現在主流となっているマット苗では2枚目の本葉から出るはずの脇芽まで退化してしまう。

この下葉からの脇芽を生かすことができるのがポット育苗だ。

がっちりした苗を作ることができるので、タニシに食べられることが少なく、ジャンボタニシ除草も水管理が楽になる。

欠点は苗の数がマット苗に比べてほぼ倍の数が必要になること。

あとは、播種機から育苗箱(ポット)、田植え機まで一気に変える必要があるので初期投資が高い。

しかし、転換をはかるのに一番怖いのは初期投資の金額ではなく、作り方の違う苗づくりをぶっつけ本番でやることだ。

それが怖くて今まで絶対にポット苗がいいと思いつつも、手が出なかった。

試しに1枚だけでも手播きして苗を作ってみればよかったのに、初期投資が高いとか、忙しいとかで一歩を踏み出さずにいた。

しかし、残すところあと18回しか稲作ができないんだぞ、と言われれば石橋をたたいている暇などない。

といっても、渡るのは落ちそうな石橋ではなく、完成された育苗体系すでにあるし、そもそも稲そのものに変わりはないのだから、稲の生態をきちんと理解していれば恐れることはないのではないかと思えるようになってきた。

今年、倉庫も建てたいと思っているし、またチャレンジな年になりそうだ。

そこで、題名の足元を固めるということだが、去年の反省点は自分の仕事が多岐にわたり、手が回らないところが多くあった点。

稲作でいえば、まさに足元、草の管理だ。

畦畔の草が刈られていないことは、水管理も、生育ムラの確認もできていない証拠。←2017年

今年は基本をしっかりと抑えた農業をやっていきつつ、チャレンジしていきたい。

 

SLやまぐち

今年も1年があっという間に過ぎた。

ブログも書けなかったというより書かなかったのは子供との夜の時間を大事にしようと思ったから。

今日、12月23日は年内の仕事をおおよそ終わらせて、夏ごろから楽しみにしていた家族旅行中。

長男がSLが好きでSLやまぐちに乗って、その日は山口市内にある湯田温泉に宿泊。

ありがたいことに、今年の秋からの販売が順調で収穫を終えてからも忙しい毎日が続いた。

ようやく羽を伸ばせる休日というところ、豊かさを感じている。

しかし、犬の散歩をしているとまだ草刈りが終わっていないうちの田んぼの畔、本当は田んぼも秋のうちに耕耘しておきたかったりと、外仕事が進んでいない。

外仕事が進んでいないということは、技術の改善が図られていないということ。

まぁどんなことも完ぺきに事が進むことはあまりないものだと自分に言い聞かす。

一生のうちでできる稲作は約40回ほどしかないのだから、なにも考えずに毎年同じように仕事をしていては自分の理想には近づかない。

理想があればの話だが。

販売の仕事と、農作業の仕事。なかなか両立しないのはそれぞれの仕事で一人前の仕事量が本来はある。

来年、もっと農作業の時間を割きたい。そのために、1月からの農閑期にするべきことがいっぱいある。

正月休みはとりあえず自分がどうしたいのか、頭の整理をしておこうと思う。

新年

1年の計は元旦にあり、というのは脈々と続く日々にどこかで区切りをつけないと気がすまないからなのだろうか。

冬から春になるときが1年のはじまりという感覚は、人類が狩猟をしていた時から、つまり太陽暦などが産まれる前からなんとなく作られてきたのだろうと思う。

有難いことに稲作は春が来てからがスタートなので、正月を迎えるとまた今年一年という気持ちになる。

苺農家は12月から収穫があり、5月か6月上旬ごろまでが1年の作になるので区切りといえば初夏ごろになるのだろうか、などと思ったこともあった。

本当の正月はやはり旧暦で祝うほうが日本人の心には合っているのではないかとも思う。

年賀状にも「新春」などと書くが、やはり梅が咲く頃にぴったりな言葉だと思う。

 

なにはともあれ、1年の振り返りと今年の展望を記しておきたい。

2016年は新しい出会いが本当に多かった年だった。それぞれまったく別のところで知り合ったはずなのに、あっちの人とこっちの人は知り合いだったりした。

またその多くが今後に大きく係ることを予感させるものだった。

その上で、今年の展望として、目標として記しておきたいのは、一番は酒造りであること。

農協から山田錦の種籾が20kgほど購入することが出来、カメノオ酒造さんで私の酒米だけで仕込んでもらえることになっている。

これを環境保全と絡めて地域や行政と一緒に一つの銘柄を作って行きたいと思う。

また、通常のお米に関してもハッピーヒルと呼ばれる自然栽培提唱者、福岡正信さんが改良したお米が加わり5品種になる予定だし、ササニシキも量は少ないながらも栽培する予定であることは、これまでの流れからいれば大きく変わる点。

栽培面積は全ての田で稲を作る上、今のところ2枚の田が増える予定なのでおおよそ10町になるだろうと思われる。

3年前は10町になることが予測もつかなかったが、腹が据われば話は早いもので、やればできるの精神で進んでいる。

祖父母の母屋の一室を加工場にして、餅屋を始めることも考えられるし、鶏を飼う野望もある。

今年もとても楽しみな年になりそうだが、一番は米作りであるので、その基盤整備が一番である。

1月から3月の農閑期にどこまで稲作以外のことが手につけられるかは未知数なので、楽しみながら全力で農閑期を過ごしたいと思う。

新米の刈り取りが始まった

 

 

8月下旬から稲刈り前にやっておかなければいけない仕事をなんとか間に合わせ、その忙しさのまま稲刈りが始まった。

9月23日から27日まで4日間続けて稲刈りで、昨日も雨で刈取ができなかったが籾摺りをした。

そして、今日。10月1日。宗像大社ではみあれ祭が行われ、フェイスブックのタイムラインにはあの人もこの人も祭のことが上がっている。

自分は稲刈りが忙しいこの時期は、夜にテレビのニュースで知る程度。

いつかは見てみたいものだ。

 

さて、今年の籾摺りには新しい機械を導入した。

色彩選別機と選別機。

色彩選別機はカメムシの食害による黒い粒を取り除くためだが、選別機は2台目。

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写真の左端に見えるのが籾摺り機で、この前に粗選機がある。

粗選機から籾摺り機、石取機を通り、1回目の選別機。この選別機は網目1.75mmでお米の厚みを選別する。

この1.75mm以下のお米は特に小さくほとんど青く薄っぺらいのが見て取れる。

この選別機の後に色彩選別機に入り、カメムシや籾を除去。

さらに2台目の計量選別機に入る。この選別機は網目1.80mmもしくは1.85mmで選別している。

先に1.75mmで選別してあるので篩いに落ちるのは中米(ちゅうまい)と呼ばれる1.75mm~1.80mmの間のお米。

全体的には青い米が多いがまだ十分食べられる見た目の米が多い。

お米の買い取り業者には、農家に1.85mmで選別させて、小米を安く買い取り、自分で中米を抜き取り精玄米に混ぜて販売している場合もあるらしい。

しかし、この若干厚みのうすい米も問題なく食べられる。

いままで1kg50円程度で買い取ってもらっていたがもったいないので自分で販売していこうと思う。

なぜここまでしようと思ったかというと、米ぬかの販売を始めてから思い知ったことがある。

それは無農薬の米ぬかを探しているという人が意外と多いこと。

今まで米ぬかは聞かれたらありますよ、程度で答えていた。しかし、きちんと脱酸素材を入れて販売を始めたところ、実に多くの注文をいただくようになった。

以前、東京で研修を受けたときに聞いた言葉に「売れない理由は売っていない」というものがある。

物はある、サービスはあるのにきちんとした形にして、きちんとした値段をつけていないだけで売れないのだ。

小米もしかり。

厚みの薄い米自体があるということが一般的に知られていない。

知られていないから売れないだけで、きちんと説明して、きちんと販売できれば売れるはずである。

中米という厚みの薄い米ができるのは稲の性質だからそれをきちんと伝える必要がある。

今度はその理由を書いていこうと思う。いつになるやら・・・

自分を言葉で表現する

今日は2件のイベントが入っていた。

一つは田植え体験をしたグループで、田んぼの草刈をして昼ごはんとして流しそうめんをした。

二つ目はその後に、天神のビルの屋上でペットボトルで稲を栽培するというグループの本場を見学するというもの。

どちらも簡単に自己紹介をして、現状の水稲を説明するのだがどうも上手くいっていないと終わって感じる。

自分では面白いと思う話をしようとしているが、おおよそ聞いているほうからすると専門的過ぎて聞いていてもチンプンカンプンだったろうと思う。

反省。

また、稲作を見学に来ているからと言って有機農業に興味があるわけでは無い人もいるだろうし、私自身有機農業が至上主義とも思っていないはずが、自慢話のようになってくると有機農業ができてすごい、有機農業があたりまえ、有機農業が最先端なんだというようなもののいい方になっていたように思う。

もう少し淡々と、現状をありのままに説明できるようにならなければいけないと思った日だった。

ちなみに、人が来るからと人目を気にして畑の草刈をしたら若干熱中症になった。

大豆 播種

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大豆の栽培は今年で5年目。しかし、今年も大豆は試験的な栽培にとどまっている。

理由、問題点はいくつもある。

まず大きな問題としてその採算。

1反あたり良品が100㎏と仮定して、1㎏あたり1000円だとしたら10万円プラス小粒の収入が少しあって、おおよそ13万円か。

稲の場合は反あたり300㎏の収穫。60㎏あたり30000円だとすると15万円。

こう見ると1㎏1000円で売れるのであれば無理ではなさそうだが、実際は無農薬で100㎏がどれだけ現実的な数字かはわからない。

「大豆 収量」で検索してでてきた農水省のデータにはここ数年の平均は1反あたり約160㎏~170㎏程度。

7割の生産量だと仮定すれば不可能ではなさそうだ。

播種したのは7月18日。

途中で種大豆がなくなったのでJAに行くと、入荷待ちで二日後に3反5畝の田んぼに播くことができた。

梅雨が明けて土がカラカラに乾いていたので田んぼの水を引き込み、種の発芽を促した。

入水していた時間は4時間30分程度。

玄海で大豆も作っている先輩農家に、発芽のために水を入れてもいいかと聞いたが、大豆は播種直後、24時間湛水していると、極端に発芽不良を起こす確率があがるそうだ。

そのため、通常の農家は発芽してこないことが心配なので、雨が降らずに土がカラカラに乾いていたといっても水を溜めるようなことはしないようだ。

去年は8月1日に種をまいてからほとんど雨が降らずに、大豆の発芽が遅れたという経験をもとに、播種後に水を4時間30分入れた。

排水をしっかりととっておけば、水が溜まることはないので今のところ順調に生育しているようです。

 

無農薬・無肥料のお米で酒を造る

もう何年も前から酒米を育てて酒を造ってみたかった。

私はアルコール分解酵素をほとんど持ち合わせていないので、ビールでも50ml飲めば眠くなってしまうくらい。

それでも日本酒の味くらいはわかるもので、アルコールを添加してあるものはすぐに頭が痛くなる。

阿蘇の無農薬無肥料米で造られている天祥地瑞を飲んだ時は感動した。

造ってみたいと思ってはいたが、酒米を作ってもそれを酒にすることを計画していなければ酒になることはないわけで、そこのところの話が進んでいなかったので今まで後回しになっていた。

そこで、来年には作りたいと思い、今から酒造りの話もまとめてから来年の種を買い付ける算段を今からしようと思った。

そもそも、やっぱり作りたいと思ったのは、この光岡の田んぼで無農薬栽培が広まるにはどうしたらよいかを考えていた時にでたアイデアだった。

それは、無農薬で酒米を作り酒屋が決めた値段で買い取ってくれるということが決まっていれば、回りの農家も賛同しやすくなるのではないかと思った。

私がいくら無農薬で稲をつくることができても、周りの農家が真似をしないのは同じ値段で自分も販売できないのであれば、危険を冒してまで真似はしない。

しかし、先に買取値が決まっていて、やれば売れることがわかっている、儲けることができるとわかっていれば賛同してくれるのではないかと思った。

そして、この無農薬無肥料での酒米作り、酒造りを環境保全と町づくりを兼ねて宗像市で後押しできる形にもっていければ輪も広がるのではないか。

活動をクラウドファウンディングのように出資者を募り、できた酒が返ってくるというような方法も面白いと思う。

こんな活動をブランディング、プロデュースできるような人を募集したい。

9回目の田植えから早3週間

最近はSNSの台頭と、子供との時間を大切にしたいということからブログの更新が滞っていた。

しかし、初めて私を知った方がウェブサイトやブログを読んでくれて、農業のことや考え方のことなどのアイデンティティーについて知ってくれる場合があるが、SNSを見て福島光志のそれを感じ取ることは少ないようだ。

というか、正確にはSNSからはアイデンティティーを感じにくいのか、書いている内容がそれを感じ取れないような上っ面のことが多いのか。両方か。

というわけで、ブログの大切さを改めて感じているため、久しぶりに書くときはやはり稲のことを重点的に書きたいと思う。

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写真は、教育大学の先生から譲っていただいた福岡正信が育種したという品種、福岡1号もしくは2号。

通称ハッピーヒル。

品種の登録は1号と2号で2品種あるそうだが、種を引き継いぐにあたり区別がわからなくなった、もしくは片方が消滅してしまったそうだ。

品種の特性は極めて分げつが少なく、穂は短いのにびっしりと籾をつけるそうだ。

まるで稗のような穂の付き方だと私は感じた。また、茎は固く倒伏しづらい。

稲の専門家でもこんな姿の稲は見たことがないというそうだ。

このハッピーヒルをセルトレイで1籾ずつ播種し、30センチ間隔の1本植えにした。

詳しくは知らないが、自然栽培ではこの間隔で田植えをするということを聞いていたので同じようにしてみた。

普段見ている稲と違うのは、下葉からの分げつが開帳型で伸長している点だ。

通常のマット苗と呼ばれる苗では本葉1枚目と2枚目の間から発生するはずの分げつが退化するが、セルトレイの1本植えでは退化せず、分げつが起こっているため、開帳する。

1本植えをした場合はただでさえ普段見ている稲より力強く感じるが、ハッピーヒルの本領はここから違ってくるのではないかと期待してやまない。

 

今年は新しくつやおとめという玄米でおいしい品種というのも栽培している上、ハッピーヒルもどんなお米になってくれるのか楽しみで仕方ない。

種取りだけになるがササニシキも少し植えたし、そんな9年目の稲作、穂が出てからは穂肥の試験をする予定で、今年の秋は楽しみが多すぎる。

 

排水路の補修

 

 

 

 

 

もうブログを更新しなくなってある程度時間が経つがたまに「ブログみてます!」という嬉しい声を聞くとやっぱり記録してきてよかったと思える。

3月下旬から田んぼの耕運を始め、おおよそ8割ほどは鋤いてしまい、今日はまとまった雨。

2月の百姓三昧だよりで募集した精米作業を手伝ってくれる人も無事に見つかり、精米もほぼ任せておけるようになった。

そのため、2月は精米・発送作業だけで過ぎて行った月にくらべ、3月はとても仕事が進んだ気がする。

そして、気がつけば桜が咲き、気温も高くなってきて土手の草も伸びてきた。

この雨が止んだら草刈週間の始まりだ。

その前に一つ、水路の補修をしなければいけない。

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周囲をコンクリートで囲まれた田。

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排水路は田面から50cmほど低いところに道路を横断する形でパイプが設置されているが、枡?の底面にコンクリートがされていない。

昨年の栽培中にオーバーフローした水の流れで底面の土がえぐれ、関板の下から水が湧き出るようになっていた。

そのせいで田んぼの土をいっぱい流されてしまい、大きな穴が開いていた。

このまま今年も田んぼにすると水道ができているのですぐに穴が開くため、底面にコンクリートを打つことにした。

久しぶりの左官仕事になるも雨で延期。

特にオチもなにもないけど、こんな仕事もきちんとこなしていかないと、いざ種を播いてからでは遅い。

そういうことが言いたいだけでした。

イメージ

武井壮が陸上5種競技の元日本1位であることは知っていた。

彼は5種それぞれの種目においての練習はあまりせず、意識して練習していたのは「体を自分の思うように動かすこと」だったそうだ。

自分の体を自分の思うように動かすことが出来れば、どんな種目でも自分の体をフルに動かすことができ、最高のパフォーマンスを発揮できるというのが彼の理論だそうだ。

納得。

それ以外にも、事故で医師から下半身不随の宣告を受けたにもかかわらず、

「ストレスで胃潰瘍になるくらいだからイメージすれば治る」と本気で思い、2週間で退院したそうだ。

本当かどうかは知らないけど、イメージすることがどれだけなことなのかを改めて知った。

少し前は「思考は現実化する」が座右の銘のように思っていたのに、最近はイメージすることを意識的にしていなかった。

しかし、ネガティブ思考が根本の自分は、ポジティブ思考の武井壮と同じ行程は辿らないようだ。

ポジティブからみればひねくれているといわれそうだが、それも個性だ。

自分にしかない思考回路だからこそ、自分にしか出せない答えがある。

出てくる答え、はたまたその過程をもっと意識的にイメージしようと思ったエピソードだった。

 

 

新年につき

ご無沙汰のブログになってしまった。

一時はフェイスブックに注力していたためかブログを書くことがなかったが、最近はブログはブログでログ(記録)を残すということも必要なのだと思い、常々書こう書こうお思っていた。

でも、やはり年末はありがたいことに忙しく、新年4日目にして正月気分も抜けてきたので筆を取ったというところ。

新年最初のブログというと、目標などを書きそうだが、最近は目標を立てないという思考になった。

目標など立てなくてもやりたいと思うことは時間がなくてもやるし、やりたくないことはむしろやらないほうがいい。

こうならなければいけない、こうあるべきだという観念も捨てたい。

社会的に望まれている人間の在り様は、あくまで社会的に貢献度が高い人間を、自然に社会全体が望んでいるだけであり、個人の特質などなにも考えてくれてはいない。

そんなことを思っていると、フェイスブックでほりえもんがまさにこのことを言っていたりするのが流れてきた。

自分よりも分かりやすく、的確な言葉で。

そんななか、NHKの教育番組でギークハウスなるものを知った。

シェアハウスのような形態であるが、社交辞令のような食事を一緒にとるなどということも縛りがなく、人間的に似ているもの同士がゆるく集まるところという感じ。

紹介されていた人物には週2日働き、5日休みで月に5万円の生活費だそう。

独身で家賃2万円だからできる生活。

彼の言い分ではやりたいことをする人生では週休2日はたりないという。

ここが私にはグッときた。

前提として仕事というものがやりたくないけど生活のためにするもの、ということがあるのが間違いなのかもしれないが、皆が皆やりたいことで収入を得られるわけではないし、やりたいことが収入を生み出すものではないということも個々人で変わってくる。

私も高校生の時、集団生活がいやで仕方なかったが、ある程度の適応力があったために引きこもることも出来なかった。

お金にもならないやりたいことを本当にやるには週に5日くらいは必要なのだ。

そこで、私もいつかギークハウスなるものを作ってみたいと思った。

もちろん、2日働くのであれば畑で汗を流せばいい。

もしそれも向かないのであれば農業福島園の事務作業もあるし、ネットを活用した宣伝活動だってある。

ギークハウスも巻き込んだ農園にしていければいいなと思う。

まぁ考えただけでいろいろ問題もあるがとりあえずそんなことを思ったことを記録する今年最初のブログ。

8回目の田植えを終えて

今年も無事に田植えを終え、すでに2週間が経過した。

稲の葉は緑色が増し、これからどんどん成長していくことを伺わせている。

田植えまでの1ヶ月は休みなく仕事。田植えが終わって少し休みを取りつつも水管理は毎日欠かさず回っている。

その間、いろいろなことを考えた。

肉体的なつらさから精神的なつらさが連動して、ネガティブな思考回路が堂々巡りしていたように思う。

もちろんネガティブな感情が悪いというわけではなく、今の自分を客観的にみるきっかけになる。

本当にしたいことは何なのか、自分らしくあるにはどうしたらいいのか・・・

2週間

そんな感情は田んぼの畦を歩いているとどうでもよくなりただただ気分良くなれる。

今のところの思考の終着点として、なりたい自分になる。自分らしくいること、それ以上でも以下でもない感じ。

身の回りの物一つとっても、自分が欲しいと思ったものかどうかを判断しようと思う。

でもその前に、どんぶり勘定になってしまった現状を整理しよう。

 

苗の準備中

土ふるいがけ

 

今年の苗土で変わったのは採取時期。

今まではその年の2月や3月ごろにとってきていたが、今回採取したのは昨年の6月。

ぼかし肥料を混ぜたのが昨年の秋だがすでに半年以上経過している。

ぼかし肥料は有機物であるため、水分条件や温度、空気によって発酵したり腐ったりする。

有機農業の野菜は化学肥料で育った野菜より危険だ、などと言われることもある。

間違っていはいないが全てがそうというわけでもない。

有機野菜が危険な理由は畑に投入する有機物の腐敗が主な原因だと思う。

きちんと発酵しているぼかし肥料は食べられるほどだ。

要は有機質の肥料は化学肥料に比べ使い方を気をつけなければいけないということ。

今まで苗作りは一番苦労してきた。つまり、いろいろと失敗をしてきた。

一番の要因は、化成肥料ありきの苗の作り方にある。

少ない土に密植しているのが現在の一般的なマット苗と呼ばれる苗であり、化成肥料が無ければ順当な生育はおおよそ難しいのだから、有機肥料に置き換える場合にはそれなりの無理がある。

しかし、これだけの面積の苗を作るにはマット苗で田植えをする方法が一番効率的ではある。(直播を除いて)

ほかにもポット苗と呼ばれる育苗方法もあるが、苗の数が増えたり、専用の種まき木・田植え機が必要になったりと、初期投資だけで300万円以上はする。

ポット苗のほうが丈夫な苗が出来ることは明白なのだがそう簡単には変えられない。

それよりも現状の方法でより状態のよい苗を作れるようになれればよい。

そのためにいろいろと失敗をする。

今年はどんな失敗が待っているのかワクワクする。

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